Foliage Poet

つたない詩の倉庫/推敲 ・ 改作 ・ 編集

詩( 未分類 目次)

 

 

 首長竜 

  

子供の頃

ぼくは信じていた

何処か遠いところに

黒い湖があって

そこには首長竜が棲んでいる

 

(お父さん

 黒い湖はどこにあるの?)

 

ぼくが尋ねても

お父さんは何も答えずに

毎日山へ働きに出て行った

 

ぼくは地図帳を開いて

湖を見つけては黒く塗り潰した

霧に覆われた湖面から

首長竜が水飛沫を上げて首をもたげる

そんな想像をして

夜になるとすぐに眠った

 

真夜中にふと目覚めると

窓から首長竜が覗いている

なんだか寂しそうな眼


 (お父さん

 ゆうべ首長竜がきたよ)

 

お父さんは笑っていた

それが何度も繰り返されて

ぼくは地図帳を塗らなくなった

ぼくは大人になった

 

(お父さん

 黒い湖はどこにあるの?)

 

息子がぼくに尋ねても

何も答えずにオフィス街へ出勤する

夢の中の首長竜のように

寂しい眼をして

 

 

 探り吹き ( 中国新聞 H28/1/25掲載) 

 

小さな羽根飾りが付いた

中折れ帽子のヒデキさんは

ハーモニカ歴六十年だ

 

楽譜は読まずにメロディーを

口で探って覚えていくから

僕は探り吹きだ、と言って笑う

 

特別養護老人ホームを慰問して

「ふるさと」や「旅愁」を吹くと

涙ぐむ高齢者もおられるそうだ

 

ハナミズキ」「涙そうそう

「月光」「長い間」「桜坂」

今どきのJ‐POPを吹いたら

若いリスナーにも受けるのでは?

 

提案してみると、うーん……

丸顔メガネが考え込んでいる

探り歩くエリアの外の曲らしい

 

レパートリーは沢山あるけど

最初に探り当てた大切なものは

ハーモニカだったわけだ

 

楽譜にいつも大切なものが

書かれているとは限らない

 

大切なものを自ら探って歩いた

永い旅の終章を生きる人達に

懐かしい曲を聴かせている

 

*野木京子選評:少しユーモラスで、しみじみした味わい。哀愁あふれる

 音色なのだろう。楽器の練習はまず楽譜からと思いがちだが、音を探し

 ながら少しずつ進んでいく。たしかに人生もそう。生きるべき正しい楽

 譜も地図もないまま手探りで皆生きてきたはず。この詩を読むとハー

 ニカを練習したくなる。

 

 

 ちょっぴり 

 

黄昏のハーモニカ吹きは

浮かない顔をしてやって来ると

深々とソファに沈み込んだ

 

演奏会はどうでした?

尋ねてみると

 

全然ダメ ひどいもんだった

あんなに不揃いになるとはねえ

ああ情けない 情けない

 

昨日の秋の市民参加コンサートで

二十人くらいで合奏したのだけれど

テンポがバラバラになったらしい

 

仲間内ではリーダー格だから

よっぽど残念無念だったようだ

オーバーオールに包まれたお腹が

今日は心なしか小さく見える

 

次また頑張ればいいじゃない

失敗しても何をしても

愛すべき秋風のハーモニカ吹き

 

しょげっぷりが

内心では ちょっぴり

面白かった

 

 

 知らない街 

 

赤信号の交差点で停止した

今日は遠くの里山がよく見える

はて こんな風景だったかな?

まるで知らない街に来たみたいだ

 

大きなビルが二つ取り壊されて

見晴らしが良くなったのだ

跡地は舗装されて駐車場になり

その奥にコンビニが出来ている

 

信号が青になったので左折した

光と影のコントラストが強くて

こちらの通りも知らない街みたい

秋晴れの朝の日射しのせいだ

 

橋を渡って少し走って右折して

ホームセンターへ花の鉢を見に行く

 

まるで知らない街の

知らない店に来たような気分で

知らない花の鉢を買おう

 

 

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 キリギリス 

  

買い物を終えてねぐらに帰り

自転車を止めている時に気が付いた

 

右ハンドルのアルミ合金の部分に

キリギリスが止まっている

こ奴はいつの間にただ乗りを?

見ていても動く気配はない

 

秋にはこんなに大きくなるのか

このままそっとしておいて

荷物を置いてまた見に来てやろう

 

玄関のドアを開けて荷物を床に置く

切り花をすぐ水に浸けなくては

スリッパを履いて蛍光灯を点ける

エアコンを切って出るの忘れていた!

パソコンのスイッチを入れる

切り花を盥の水に漬ける

買って来た消耗品をそれぞれ収納して

パソコンは立ち上がったかな?

日本‐サモア戦のYahoo!ニュースを読もう

ポットのお茶をカップに注ぐ

プーチン大統領は何考えてるのかなあ

植木の水やりは後にしよう

ベルセルクの新刊そろそろか?

ちょっとトイレへ

 

キリギリスのことを思い出したのは

翌日の午後だった

 

全身が初夏の稲の葉のような

若々しいグリーンだったことを

今もよく覚えている

 

 

   *写真:全身が緑色のクビキリギリスだった。

  

 

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 散歩 

 

マテバシイの高枝の葉叢から

蔓植物の太い蔓が垂れ下がっている

山の手入れで根を伐られたのだろう

 

子供の頃はこんな蔓に掴まって

ターザンの真似をして遊んだものだ

飛び付けば蔓の下端に手が届く

ちょっとやってみるか

 

ぶらーん ぶらーん

葉叢がバッサバサ揺れる

山の斜面を蹴って(ターザーン)

すぐ斜面に戻る ぶらーん

また蹴って(ア~アア~)

戻って ぶらーん

半回転 ぶらーん

腕がしんどい 着地しよう

ドサッ! 尻餅をついてしまった

 

ズボンをパンパン叩きながら

ふと道に沿った小川の対岸を見ると

 

アウトドアスタイルのパパとママ達

赤や緑のミニザックをしょった幼い子供達

十人程がポカン顔でこちらを見ている

 

シュタッと片手で挨拶

じゃ、私はこれで

足早にその場を立ち去りたかったが

 

実際は照れ笑いを返しただけで

ゆっくりとまた散歩を始めた

秋晴れの空が青い

 

 

 或る日の光景 

 

日曜日のショッピングモール

おしゃれをした若い女性が二人

ソファチェアでお喋りしている

 

その向かいのソファチェアでは

むさ苦しい髭面に野球帽のおっさんが

顔を天井に向けて体をのけ反らせ

大口を開けていびきを掻いている

 

街でよく見掛けるあの人だ

無職 相当な年齢 ぼろを着て

いつも手押し車を押して歩いている

積み荷はガラクタにしか見えない

 

書店コーナーへ急ぎながら

いま見た光景を思い出す

 

そういえば女性達の一人が

おっさんのぽっかり開いた大口を

スマホで撮っていたような気がする

 

何でも撮影してしまう写メ星人は

カメラ付き携帯全盛期に大挙して飛来し

今ではこの惑星を支配している

 

おっさんは詩人だったりして

スマホの色は確か

チェリーピンクだった

 

 

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 海鵜 

 

港を望む小さな緑地

棕櫚の並木の間のベンチに座り

海を見ながら煙草を一服

 

突然 手前の海上に

全身が黒っぽい鳥が降りて来て

沖に向かってスイーと泳ぐと

ジャボン! 海中に潜ってしまった

 

やや長い首

あれは海鵜だろうか

 

魚を咥えて浮上して来るかな?

一分二分と待ったけど上がって来ない

五分経っても海は静かなままだ

 

潜った所の近くには浮上しない?

あたりの海を見回したが

海鵜の姿はどこにも見えない

 

対岸の桟橋にフェリーが着いた

大きな白い鳥が視界を二度横切り

岸壁に繋がれた小型船の手摺りから

灰色の鳥が飛び立った

 

もう十分近く経つ

諦めて近くのレストランに入った

 

スマホで検索すると

ウラジオストク沖の暗い海上に

魚を咥えた海鵜が浮かんでいた

 

 

 耳鼻科の名医 

 

鼓膜の炎症と診断され

メスで切開する簡単な手術を受けた

 

痛いですよとの説明どおり

痛かった 確かに痛かったが

症状は嘘のように楽になった

 

あの先生は名医だ

その思いを強くしながら

数日後に再び受診した

 

「まあだ耳鳴りがしますかの?」

「いえ、ほとんどしなくなりました」

「ううむ、まあだ耳鳴りがしましょうのう

(え? しなくなったんですけど)

 

すかさず中年の女性看護師が飛んで来て

老医師の耳に口をくっ付けんばかりに

「し・な・い!」とでかい声

きょとん顔の老医師

 

オーバー卒寿で耳がものすごく遠い

ヨボヨボと形容しても過言ではない足腰

お局看護師に舐められているご様子

じゃなくて介護されている?

 

痛かった 確かに痛かったが

手術に臨んでは老いてなお矍鑠としていた

あの先生は名医だ 名医なのだ

 

信頼の念は

些かも揺らぐものではない

すごく 痛かったけど

 

 

 幸福論 

 

冬の朝

目覚まし時計が鳴る

のそのそ布団から出る

今日は日曜日だった

布団にもぐり込む

 

至上の幸福それは二度寝

スヌーズ機能付きの目覚まし時計を買った

 

月曜日の朝

アラームが鳴る

布団から出そうになる

真の起床は三十分後

布団にもぐり込む

 

(車の発進音 どこかの店の放送 高架を走る

 電車の音 隣の人が誰かと立ち話をしている

 遠くでサイレンが鳴る 今は止めてくれ街宣

 車 朝から鳴くなよカラス!)

 

二回目のアラームが鳴る

のそのそ布団から出る

ねむたい だるい すっきりしない

顔を洗って歯を磨いてメシ食って仕事へ

 

出費の上に寝不足気味

幸福論は

わりと難しい