Foliage Poet

つたない詩の倉庫/推敲 ・ 改作 ・ 編集

久 津 海 岸

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 海に出るため、国道から分岐した細道を歩く。左手に

水路が流れている。対岸には荒れた植物群落が広がり、

岸の近くに鬱蒼とした萱の茂みがある。初夏には緑一色

だった萱の茂みは、秋を迎えて枯れた黄褐色を増やし、

暗がりの奥に密生する茎から、緑の混じった細長い葉を

多方向に枝垂らせている。空を向いて伸びる薄茶色の穂

を掠めて、ハクセキレイ下流へ飛んで行った。視線を

戻すと、萱の茂みがじっと私を見ていた。

 

 

 夏蜜柑

 

 

 海へ続く道はカーブしていて、両側に数軒の農家が畑

を挟んで並んでいる。畑には夏蜜柑の木が並び、端の方

には実を付けた甘柿の木、他の一角ではキウイが棚に葉

を茂らせている。夏蜜柑はみな横広がりのいい枝振りだ。

あちこちの葉陰から、まだ青い果実の顔が覗いている。

晩秋には色付いてくるだろう。

 

 

 踏切

 

 

 前方に海岸堤防が見える。海はすぐそこだ。その前に、

小さな無人踏切を渡らなくてはならない。カンカン音を

立てて短い遮断機が下りて来る。赤信号が点滅する信号

機の表示板には、「久津第15」と書いてある。二両連

結の黄色い電車が、線路脇にコスモスの花が咲き、葛が

群生する緩やかなカーブをガタンゴトンと通過して行く。

 

 

 堤防

 

 

 海岸線に沿ってコンクリートの堤防が続いている。風

雨と潮に晒されて、コンクリートは全体的に黒ずみ、表

面はガサガサに荒れている。砂浜への出口はすぐに見つ

かった。堤防の一部が海の方へ突き出し、左手に短い階

段が造られている。階段を降り、ザクッと砂を踏む。

 

 

 漂着物

 

 

 砂浜に潮汐の跡が残っている。細長いアマモの切れ端、

端が丸くなった発砲スチロール、乾燥したアオサの残骸

や木の枝等の漂着物が、満潮時の高さの辺りに残されて

いる。砂に混じった小さな巻貝の殻、元はゴムタイヤら

しき黒片、摩耗したガラスの粒。海は干潮が近いようだ。

浅い砂泥地の海底をコチが這っているだろう。

 

 

 テトラポッド

 

 

 砂浜の端に謎の物体が蟻集して、そこだけ黒々と盛り

上がっている場所がある。海岸堤防の直下から海の方へ、

黒ずんだ岩石様の物体が百個以上、砂の中を縦横に配列

しながら続き、二・三十メートル先で海中に没して行く。

まるで海の民の古代信仰の拝殿跡のようだ。或いは深宇

宙探査艇シリカの着陸基地跡か。物体の一つに腰掛けた。

見ればかなり傷んだコンクリートの四角柱のようだ。古

テトラポッドが砂に埋もれて、脚の先だけが砂から出

ているのだ。磯浜へ降りて行く。

 

 

 海の墓標

 

 

 海藻が付着した大小の石が、そこら中に転がっている。

強く目を惹くのは、磯浜の波打ち際に立つ、一種異様な

構築物だ。土台は巨大な陸亀の甲羅のように盛り上がっ

た、直径五・六メートルの石積みの半球。その頂きから、

高さ二メートルくらいの石柱が突き出ている。小波が石

積みの下部を洗い、穏やかに打ち寄せて来る。これは何

か。やはり海の向こうの常世信仰に纏わるモノリスか。

それとも昔、この辺りの海で船が遭難し、水死者が何人

も出たのかも知れない。海難者慰霊碑。海の墓標だ。

 

 

 土地の古老

 

 

 磯浜に土地の古老が佇んでいる。その装束は胸に「PR

ETTY THINGS」とプリントされたTシャツにブルージ

ーンズ。背すじはシャンとしてすこぶる元気そうだ。土

地の古老と言うよりは、土地の初老と言った方が良い。

「この辺は港になる入江が無いけん、あれを造って、昔

は漁師が船を繋ぎよったんよ」。幼い女の子が磯浜にし

ゃがみ込んで、何かをつついている。孫娘らしい。

 

 

 久津海岸

 

 

 海上遥か遠くに、島々を繋ぐ白い斜張橋の二つの主塔

が小さく見えている。石柱は先端部分を除き、下の方は

抉れて少し細くなっている。長年波に打たれ、多くの船

の舫い綱を繋ぎ続けて摩耗したのだ。謎の物体群、いや

テトラポッドも、潮流を和らげて繋船の安定を図るため、

海に突き出すように設置されたのだろう。久津海岸の謎

が解けた、とでも言おうか。磯浜はずっと先まで続いて

いる。西の海上に、霞の掛かった大久野島と送電塔が見

える。

 

 

 ゴライアスクレーン

 

 

 国道脇の空き地に停めた車に戻り、久津海岸を後にす

る。花崗岩の崖の下のカーブを曲がると、前方に巨大な

門型クレーンが現れた。造船所の町に近付くにつれ、そ

の威容がこちらに迫って来る。紅白にペイントされた、

高さ九十メートルのゴライアスクレーンが、青空と海と

島々に対峙し、屹立している。四角柱の脚の間から、建

造中のタンカーの球状船首が見えた。そのまま、そのま

まだ。ゴライアスクレーンの語りが聞こえる。

 

 

 謎はいつも

 

 

 萱の茂みがこちらを見ていた。あれはテトラポッド

はなく、深宇宙探査艇シリカの着陸基地跡だ。石の繋船

柱は海の墓標であり、古代信仰に纏わるモノリスでもあ

るのだ。夏蜜柑の木の姿形が好ましい。線路脇のコスモ

スの花。荒涼とした堤防の風景。浜辺の漂着物。遠い島

々。何故人は惹かれるのか。あの初老の人は、実は土地

の古老なのだ。遠からずあの人と同じ歳になる。そのま

ま、そのままだ。久津海岸の語りが聞こえる。謎は解け

ずにいつもそこにある。お前はそのまま、歳を取って行

け。アクセルを踏み込む。バックミラーを覗く。造船所

の町が遠ざかって行く。ゴライアスクレーンの、久津海

岸の、語りが聞こえる。

 

 

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