Foliage Poet

つたない詩の倉庫/推敲 ・ 改作 ・ 編集

詩集 日々に遅れて ( 未完)

 

 

 普通の空 

  

仕事場のドアを開けると

早く来て掃除をしている筈の君がいない

代わりに卵がひとつ床に転がっていた

 

とうとう君は卵になってしまったのか

私には何も言ってくれなかった

淡いピンク色をした卵を

手のひらで包むと生あたたかい

君が見ている夢の温度なんだろう

私は軒下の燕の巣の中に

卵になった君をそっと置いた

 

いつか君は雛になって

燕として成長して

今日とあまり代わり映えのしない

普通の空へ飛んで行くのだろう

それが君の夢だったから

 

その時が来れば

やっぱり私は泣くのだろうか

空は普通の空なのに 

 

 

 

 受付 

 

砂浜に受付のデスクが

ぽつんとひとつ

 

前方には潮の引いた藻場が

どこまでも広がっている

 

デスクの上の

海の図鑑を開くと

いろんな星の海が泳いでいた

 

地球の海は昼寝をしていたけど

月の海のキスで目を覚ますと

上機嫌で泳ぎ出した

 

僕も誰かにキスしたいのに

今はデスクに座って

受付の準備

 

彼方から

津波がやって来る

 

 

 

 写真 

 

この街でいちばん美味いという

来々軒のラーメンを食べていたら

いつまですすっても麺が途切れない

 

適当なところで喰い千切ると

あなたはひどい人だ

という声がした

たぶんメンマが言ったのだ

 

油で汚れた店の壁には

この街の昔の写真が貼ってあった

 

異邦のような街並み

自転車で行く人 歩く人

まだ高架になる前の鉄道線路が

遥か遠くまで続いている

 

そんなことはない

 

頭を振って否定したいのに

うなずくように頭を垂れて

メンマを口に入れた

 

 

 

 街 

 

―朝

 

ビルの階段を降りて行くと

何かの軋む音がする

 

たくさんの

時間の積み木が

押し合い

こすれ合って

順番を決めている

 

―歩道を歩く

 

山桃の並木が

慌てて生えてきたように

ぎくしゃくと

落ち着かない様子

 

―風が梢を整える

 

向こう側の歩道を

ストッキングを履いた

足だけの人が歩いて行く

 

だんだんと

胴体も付いてきた

 

―疾走する音と残像

 

アスファルト道路の

濡れた表面に広がる

細かな光の粒々

 

ひとつひとつが

お喋りしながら

舞い始める

 

―視線は向こう側へ

 

光の中から

街が現われた

 

 

 

 日々に遅れて 

 

 結局やって来なかった夏の記憶は、知らず知らずの

うちにうす桃色の蕾に閉じ込められる。名前を失った

花の開花を薄明の中で反芻しようとしても、顔の無い

夜の方にするすると逃げて行き、掴もうとする手は透

明な翅脈へ迷い込んでしまう。

 

 早朝の、ごく限られた時間だけ朝陽が射す場所でし

か生きられないモウセンゴケは、密生する腺毛に朝露

を付着させて、捕らえた光を小さな渦巻形に丸めてか

ら、時間をかけて消化してゆく。しずくから弾け跳ぶ

光の予兆だけが私を生かす。

 

 やって来なかった? いや、気が付いた時には過ぎ

去っていた夏に、喉を盗まれた鳥はあの雲の彼方に飛

び去り、すべてのモノは持ち場に戻って、私の部屋は

白い空間の呟きで充たされる。影の無い襞への凝視が

どこか遠いところで空転している。

 

 モノの胎内に埋もれて、彼らの温度に浸されていた

いと切に願う。だが視線はいつも遅れて、東欧の木の

玩具が並び、レースのカーテンが揺れる出窓は、取り

澄ました顔をして今日もそこにある。記憶は駅の構内

の暗がりの、打ちっ放しのコンクリート壁の細かな剥

落へ溺れてゆく。

 

 モノ達が運んで行く日々に、私は常に取り残される。

私は焦燥に駆られて戸外に出て行く。そこには街が、

光溢れる街がある。風に揺れるクスノキの葉叢が、何

かが過ぎ去ったことを私に告げている。木陰で懐かし

い人が涼やかに笑っている。こんなふうに、私はいつ

も日々に遅れてゆく。

 

 

 

 会社をたたむ 

 

会社をたたむと決心して以来

もののたたみ方に注意するようになった

これまで自分でたたまなかった布団を

たたんでみたりするようになった

いつもはそこら辺に放り投げている

パンツや靴下もたたんでみた

風呂敷もたたんだし

タオルやキャンプ用テントや

驚く女房のパンストまでたたんだ

たたむのは案外簡単だと思った

しかしあまり音がしなかったので

何とも言えず奇妙な感じがした

お前はたたむものの気持は理解しているが

たたまれるものの気持は分かっちゃいないと

私をなじるものがぼつぼつ出て来そうだ

案の定フスマが開いて

ぼつぼつとたたみが出てきた

たたみはたたむものだろうか

それともたたまれるものだろうか

そのどちらでもなく

どちらでないこともない?

考えていたら面倒臭くなってきた

幸い会社はたたまれるものだ

私はドスンバタンと音を立てて

会社をたたんだ

おかげで奇妙な感じはなくなったが

ついうっかりして

会社の気持を分かるのを忘れてしまった

たたみは依然として

ぼつぼつと出続けている

ぼつぼつぼつぼつぼつぼつぼつぼつぼ、、、

もうすぐ私をなじり出しそうな気配

私は先手を打って

家じゅうのたたみを

たたみ屋に張り替えてもらった

会社もたたんで心機一転

新しい方がいいのは

なるほど

女房だけではないようだ

ほくそ笑みながら振り向いたら

頭から角を出して

私をなじるものが立っていた

そいつは散々なじった後

てきぱきと私をたたんで

フスマの部屋へ担いで行って

新しいたたみに加えようとしたが

どうしても余計な一枚なので

たたみ屋と交渉した結果

私はたたみ屋に引き取られて行った

たたみ一枚分を値引させて

万事めでたしめでたしだった

 

 

 

 遠雷 

 

朝 目覚めたら

鳥の巣箱の中にいた

市会議員選挙の告示のニュースが

母屋の方から聴こえてくる

体を起こし 何となく上を向いて

首を伸ばしてお口をあんぐり

母がテントウムシを口移ししてきた

ちょっと翅が硬かったけど

次のアカイエカは乙な味だった

市民の血が混じっているからよ

あい変わらず場当たり的な行政だこと

お昼過ぎまで世間話をしていたら

父がミミズを咥えて帰って来た

食べると土壌の味がして

即効でドジョウになった

巣箱の穴からにょろりと出ると

ケンタッキー草の叢に落下

川まで蛇みたいにくねくね這って行き

ヘドロの床でトロトロお昼寝

土手の道を走る選挙カーの声で目覚めた

ジエチルパラチオン市民の皆さま

清き一票をおねがいします

ヤノネカイガラムシでございます

おねがいしまあす!

おねがいしまあす!

おねがいしまあす!

おねカイラがあいしムすまシ!

ヤノおねネカがいイガしまラムあす!

ジエきよチルきいパラっぴチオょ!

シねヤおノむネジラいあっパラまっぴ!

ヤいノガガガカガガガカガカす!

候補者が必死で叫んでいる

バカみたいに手を振っているから

バカみたいに手を振り返そう

しまった! 手が無いのだった

ああ バカみたい

頭を抱えようとして

しまった! 手が無いのだった

んあ〜バたバババかバが?……

選挙カーの声が小さくなって行く

山の稜線の遥か向こうで

遠雷が鳴っている

 

 

 

 泥 

 

街のあらゆる隙間から

浸み出てくる泥に追われて

 

JR駅構内の暗がりの

打ちっ放しのコンクリート壁に

ひっそりと身を寄せる

 

壁に走るひびはハイウェイ

ところどころ露出した

砂利の集合は街

ビルの屋上に

給水タンクがあり

煙突と鉄塔と

平野に広がる家々がある

 

見詰めるたびに

壁は透明さを増し

青空と

白い雲と

ゆるやかに蛇行する川

ずっと遠くには

きらきら輝く海が見える

 

おまえはいま

ここで 生まれたのだ

海の向こうの大陸から

にぎやかな列車が到着する

コンクリート壁の

この時 この場所で

 

待っていよう

街を覆い尽くす泥を

呑み込まれても構わない

もともとおまえは

泥だったのだから

 

壁の呟き声が聴こえるか

 ―泥には固有の速度がある