Foliage Poet

つたない詩の倉庫/推敲 ・ 改作 ・ 編集

久 津 海 岸

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 海に出るため、国道から分岐した細道を歩く。左手に

水路が流れている。対岸には荒れた植物群落が広がり、

岸の近くに鬱蒼とした萱の茂みがある。初夏には緑一色

だった萱の茂みは、秋を迎えて枯れた黄褐色を増やし、

暗がりの奥に密生する茎から、緑の混じった細長い葉を

多方向に枝垂らせている。空を向いて伸びる薄茶色の穂

を掠めて、ハクセキレイ下流へ飛んで行った。視線を

戻すと、萱の茂みがじっと私を見ていた。

 

 

 夏蜜柑

 

 

 海へ続く道はカーブしていて、両側に数軒の農家が畑

を挟んで並んでいる。畑には夏蜜柑の木が並び、端の方

には実を付けた甘柿の木、他の一角ではキウイが棚に葉

を茂らせている。夏蜜柑はみな横広がりのいい枝振りだ。

あちこちの葉陰から、まだ青い果実の顔が覗いている。

晩秋には色付いてくるだろう。

 

 

 踏切

 

 

 前方に海岸堤防が見える。海はすぐそこだ。その前に、

小さな無人踏切を渡らなくてはならない。カンカン音を

立てて短い遮断機が下りて来る。赤信号が点滅する信号

機の表示板には、「久津第15」と書いてある。二両連

結の黄色い電車が、線路脇にコスモスの花が咲き、葛が

群生する緩やかなカーブをガタンゴトンと通過して行く。

 

 

 堤防

 

 

 海岸線に沿ってコンクリートの堤防が続いている。風

雨と潮に晒されて、コンクリートは全体的に黒ずみ、表

面はガサガサに荒れている。砂浜への出口はすぐに見つ

かった。堤防の一部が海の方へ突き出し、左手に短い階

段が造られている。階段を降り、ザクッと砂を踏む。

 

 

 漂着物

 

 

 砂浜に潮汐の跡が残っている。細長いアマモの切れ端、

端が丸くなった発砲スチロール、乾燥したアオサの残骸

や木の枝等の漂着物が、満潮時の高さの辺りに残されて

いる。砂に混じった小さな巻貝の殻、元はゴムタイヤら

しき黒片、摩耗したガラスの粒。海は干潮が近いようだ。

浅い砂泥地の海底をコチが這っているだろう。

 

 

 テトラポッド

 

 

 砂浜の端に謎の物体が蟻集して、そこだけ黒々と盛り

上がっている場所がある。海岸堤防の直下から海の方へ、

黒ずんだ岩石様の物体が百個以上、砂の中を縦横に配列

しながら続き、二・三十メートル先で海中に没して行く。

まるで海の民の古代信仰の拝殿跡のようだ。或いは深宇

宙探査艇シリカの着陸基地跡か。物体の一つに腰掛けた。

見ればかなり傷んだコンクリートの四角柱のようだ。古

テトラポッドが砂に埋もれて、脚の先だけが砂から出

ているのだ。磯浜へ降りて行く。

 

 

 海の墓標

 

 

 海藻が付着した大小の石が、そこら中に転がっている。

強く目を惹くのは、磯浜の波打ち際に立つ、一種異様な

構築物だ。土台は巨大な陸亀の甲羅のように盛り上がっ

た、直径五・六メートルの石積みの半球。その頂きから、

高さ二メートルくらいの石柱が突き出ている。小波が石

積みの下部を洗い、穏やかに打ち寄せて来る。これは何

か。やはり海の向こうの常世信仰に纏わるモノリスか。

それとも昔、この辺りの海で船が遭難し、水死者が何人

も出たのかも知れない。海難者慰霊碑。海の墓標だ。

 

 

 土地の古老

 

 

 磯浜に土地の古老が佇んでいる。その装束は胸に「PR

ETTY THINGS」とプリントされたTシャツにブルージ

ーンズ。背すじはシャンとしてすこぶる元気そうだ。土

地の古老と言うよりは、土地の初老と言った方が良い。

「この辺は港になる入江が無いけん、あれを造って、昔

は漁師が船を繋ぎよったんよ」。幼い女の子が磯浜にし

ゃがみ込んで、何かをつついている。孫娘らしい。

 

 

 久津海岸

 

 

 海上遥か遠くに、島々を繋ぐ白い斜張橋の二つの主塔

が小さく見えている。石柱は先端部分を除き、下の方は

抉れて少し細くなっている。長年波に打たれ、多くの船

の舫い綱を繋ぎ続けて摩耗したのだ。謎の物体群、いや

テトラポッドも、潮流を和らげて繋船の安定を図るため、

海に突き出すように設置されたのだろう。久津海岸の謎

が解けた、とでも言おうか。磯浜はずっと先まで続いて

いる。西の海上に、霞の掛かった大久野島と送電塔が見

える。

 

 

 ゴライアスクレーン

 

 

 国道脇の空き地に停めた車に戻り、久津海岸を後にす

る。花崗岩の崖の下のカーブを曲がると、前方に巨大な

門型クレーンが現れた。造船所の町に近付くにつれ、そ

の威容がこちらに迫って来る。紅白にペイントされた、

高さ九十メートルのゴライアスクレーンが、青空と海と

島々に対峙し、屹立している。四角柱の脚の間から、建

造中のタンカーの球状船首が見えた。そのまま、そのま

まだ。ゴライアスクレーンの語りが聞こえる。

 

 

 謎はいつも

 

 

 萱の茂みがこちらを見ていた。あれはテトラポッド

はなく、深宇宙探査艇シリカの着陸基地跡だ。石の繋船

柱は海の墓標であり、古代信仰に纏わるモノリスでもあ

るのだ。夏蜜柑の木の姿形が好ましい。線路脇のコスモ

スの花。荒涼とした堤防の風景。浜辺の漂着物。遠い島

々。何故人は惹かれるのか。あの初老の人は、実は土地

の古老なのだ。遠からずあの人と同じ歳になる。そのま

ま、そのままだ。久津海岸の語りが聞こえる。謎は解け

ずにいつもそこにある。お前はそのまま、歳を取って行

け。アクセルを踏み込む。バックミラーを覗く。造船所

の町が遠ざかって行く。ゴライアスクレーンの、久津海

岸の、語りが聞こえる。

 

 

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 国道脇の金網フェンスに葛が絡み付き、上部を乗

り越えた蔓と葉が、路肩に降りて来ようとしている。

数十メートルも続く葛の葉のフェンスの横を、乗用

車やトラックや路線バスが走って行く。

 

 

 丘の斜面に葛が繁茂している。頂上へ向かうアス

ファルト道路の、ガード柵の白いパイプの間から、

斜面を這い登って来た蔓と葉が、更に上方に進出し

ようと機を窺っている。

 

 

 山間の作業小屋の外に、葛の茂みが寄り集まり、

大きな塊になっている場所がある。その下には、鉄

骨混じりのコンクリート塊や廃材や、錆びた機械部

品等が積み上げられている。

 

 

 ウバメガシに葛が取り付いている。樹体の大半を

葛の葉が覆い、隣のモチノキにまで広がる勢いだ。

あちこちの葉陰から、長い花茎が上向きに突き出し、

赤紫色や濃紺の花を咲かせている。

 

 

 河川敷の植物群落が、夥しい数の葛の葉で覆われ

ている。広さはサッカー場に迫るほどだ。凹凸のあ

る分厚い深緑の絨毯の下で、葛の蔓にがんじ搦めに

緊縛された中・低木が喘いでいる。

 

 

 葛の茂みの中には、ゾウムシ、カメムシ、クズノ

チビタマムシ等、様々な虫がいる。バッタが跳ね、

暗い地面をヘビやムカデが這っている。猫が走り込

み、犬が鼻を突っ込む。時にはヒトも来る。

 

 

 海辺の廃工場の破れたトタン塀の下から、地面を

匍匐し侵入して来る葛の蔓。採石場跡の傾いた廃電

柱が、枯れた葛の葉で覆われていることもある。ま

るで大きな鳥の巣のように。

 

 

 

 

 

 

 

詩( 未分類 目次)

 

 

 首長竜 

  

子供の頃

ぼくは信じていた

何処か遠いところに

黒い湖があって

そこには首長竜が棲んでいる

 

(お父さん

 黒い湖はどこにあるの?)

 

ぼくが尋ねても

お父さんは何も答えずに

毎日山へ働きに出て行った

 

ぼくは地図帳を開いて

湖を見つけては黒く塗り潰した

霧に覆われた湖面から

首長竜が水飛沫を上げて首をもたげる

そんな想像をして

夜になるとすぐに眠った

 

真夜中にふと目覚めると

窓から首長竜が覗いている

なんだか寂しそうな眼


 (お父さん

 ゆうべ首長竜がきたよ)

 

お父さんは笑っていた

それが何度も繰り返されて

ぼくは地図帳を塗らなくなった

ぼくは大人になった

 

(お父さん

 黒い湖はどこにあるの?)

 

息子がぼくに尋ねても

何も答えずにオフィス街へ出勤する

夢の中の首長竜のように

寂しい眼をして

 

 

 探り吹き ( 中国新聞 H28/1/25掲載) 

 

小さな羽根飾りが付いた

中折れ帽子のヒデキさんは

ハーモニカ歴六十年だ

 

楽譜は読まずにメロディーを

口で探って覚えていくから

僕は探り吹きだ、と言って笑う

 

特別養護老人ホームを慰問して

「ふるさと」や「旅愁」を吹くと

涙ぐむ高齢者もおられるそうだ

 

ハナミズキ」「涙そうそう

「月光」「長い間」「桜坂」

今どきのJ‐POPを吹いたら

若いリスナーにも受けるのでは?

 

提案してみると、うーん……

丸顔メガネが考え込んでいる

探り歩くエリアの外の曲らしい

 

レパートリーは沢山あるけど

最初に探り当てた大切なものは

ハーモニカだったわけだ

 

楽譜にいつも大切なものが

書かれているとは限らない

 

大切なものを自ら探って歩いた

永い旅の終章を生きる人達に

懐かしい曲を聴かせている

 

*野木京子選評:少しユーモラスで、しみじみした味わい。哀愁あふれる

 音色なのだろう。楽器の練習はまず楽譜からと思いがちだが、音を探し

 ながら少しずつ進んでいく。たしかに人生もそう。生きるべき正しい楽

 譜も地図もないまま手探りで皆生きてきたはず。この詩を読むとハー

 ニカを練習したくなる。

 

 

 ちょっぴり 

 

黄昏のハーモニカ吹きは

浮かない顔をしてやって来ると

深々とソファに沈み込んだ

 

演奏会はどうでした?

尋ねてみると

 

全然ダメ ひどいもんだった

あんなに不揃いになるとはねえ

ああ情けない 情けない

 

昨日の秋の市民参加コンサートで

二十人くらいで合奏したのだけれど

テンポがバラバラになったらしい

 

仲間内ではリーダー格だから

よっぽど残念無念だったようだ

オーバーオールに包まれたお腹が

今日は心なしか小さく見える

 

次また頑張ればいいじゃない

失敗しても何をしても

愛すべき秋風のハーモニカ吹き

 

しょげっぷりが

内心では ちょっぴり

面白かった

 

 

 知らない街 

 

赤信号の交差点で停止した

今日は遠くの里山がよく見える

はて こんな風景だったかな?

まるで知らない街に来たみたいだ

 

大きなビルが二つ取り壊されて

見晴らしが良くなったのだ

跡地は舗装されて駐車場になり

その奥にコンビニが出来ている

 

信号が青になったので左折した

光と影のコントラストが強くて

こちらの通りも知らない街みたい

秋晴れの朝の日射しのせいだ

 

橋を渡って少し走って右折して

ホームセンターへ花の鉢を見に行く

 

まるで知らない街の

知らない店に来たような気分で

知らない花の鉢を買おう

 

 

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 キリギリス 

  

買い物を終えてねぐらに帰り

自転車を止めている時に気が付いた

 

右ハンドルのアルミ合金の部分に

キリギリスが止まっている

こ奴はいつの間にただ乗りを?

見ていても動く気配はない

 

秋にはこんなに大きくなるのか

このままそっとしておいて

荷物を置いてまた見に来てやろう

 

玄関のドアを開けて荷物を床に置く

切り花をすぐ水に浸けなくては

スリッパを履いて蛍光灯を点ける

エアコンを切って出るの忘れていた!

パソコンのスイッチを入れる

切り花を盥の水に漬ける

買って来た消耗品をそれぞれ収納して

パソコンは立ち上がったかな?

日本‐サモア戦のYahoo!ニュースを読もう

ポットのお茶をカップに注ぐ

プーチン大統領は何考えてるのかなあ

植木の水やりは後にしよう

ベルセルクの新刊そろそろか?

ちょっとトイレへ

 

キリギリスのことを思い出したのは

翌日の午後だった

 

全身が初夏の稲の葉のような

若々しいグリーンだったことを

今もよく覚えている

 

 

   *写真:全身が緑色のクビキリギリスだった。

  

 

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 散歩 

 

マテバシイの高枝の葉叢から

蔓植物の太い蔓が垂れ下がっている

山の手入れで根を伐られたのだろう

 

子供の頃はこんな蔓に掴まって

ターザンの真似をして遊んだものだ

飛び付けば蔓の下端に手が届く

ちょっとやってみるか

 

ぶらーん ぶらーん

葉叢がバッサバサ揺れる

山の斜面を蹴って(ターザーン)

すぐ斜面に戻る ぶらーん

また蹴って(ア~アア~)

戻って ぶらーん

半回転 ぶらーん

腕がしんどい 着地しよう

ドサッ! 尻餅をついてしまった

 

ズボンをパンパン叩きながら

ふと道に沿った小川の対岸を見ると

 

アウトドアスタイルのパパとママ達

赤や緑のミニザックをしょった幼い子供達

十人程がポカン顔でこちらを見ている

 

シュタッと片手で挨拶

じゃ、私はこれで

足早にその場を立ち去りたかったが

 

実際は照れ笑いを返しただけで

ゆっくりとまた散歩を始めた

秋晴れの空が青い

 

 

 或る日の光景 

 

日曜日のショッピングモール

おしゃれをした若い女性が二人

ソファチェアでお喋りしている

 

その向かいのソファチェアでは

むさ苦しい髭面に野球帽のおっさんが

顔を天井に向けて体をのけ反らせ

大口を開けていびきを掻いている

 

街でよく見掛けるあの人だ

無職 相当な年齢 ぼろを着て

いつも手押し車を押して歩いている

積み荷はガラクタにしか見えない

 

書店コーナーへ急ぎながら

いま見た光景を思い出す

 

そういえば女性達の一人が

おっさんのぽっかり開いた大口を

スマホで撮っていたような気がする

 

何でも撮影してしまう写メ星人は

カメラ付き携帯全盛期に大挙して飛来し

今ではこの惑星を支配している

 

おっさんは詩人だったりして

スマホの色は確か

チェリーピンクだった

 

 

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 海鵜 

 

港を望む小さな緑地

棕櫚の並木の間のベンチに座り

海を見ながら煙草を一服

 

突然 手前の海上に

全身が黒っぽい鳥が降りて来て

沖に向かってスイーと泳ぐと

ジャボン! 海中に潜ってしまった

 

やや長い首

あれは海鵜だろうか

 

魚を咥えて浮上して来るかな?

一分二分と待ったけど上がって来ない

五分経っても海は静かなままだ

 

潜った所の近くには浮上しない?

あたりの海を見回したが

海鵜の姿はどこにも見えない

 

対岸の桟橋にフェリーが着いた

大きな白い鳥が視界を二度横切り

岸壁に繋がれた小型船の手摺りから

灰色の鳥が飛び立った

 

もう十分近く経つ

諦めて近くのレストランに入った

 

スマホで検索すると

ウラジオストク沖の暗い海上に

魚を咥えた海鵜が浮かんでいた

 

 

 耳鼻科の名医 

 

鼓膜の炎症と診断され

メスで切開する簡単な手術を受けた

 

痛いですよとの説明どおり

痛かった 確かに痛かったが

症状は嘘のように楽になった

 

あの先生は名医だ

その思いを強くしながら

数日後に再び受診した

 

「まあだ耳鳴りがしますかの?」

「いえ、ほとんどしなくなりました」

「ううむ、まあだ耳鳴りがしましょうのう

(え? しなくなったんですけど)

 

すかさず中年の女性看護師が飛んで来て

老医師の耳に口をくっ付けんばかりに

「し・な・い!」とでかい声

きょとん顔の老医師

 

オーバー卒寿で耳がものすごく遠い

ヨボヨボと形容しても過言ではない足腰

お局看護師に舐められているご様子

じゃなくて介護されている?

 

痛かった 確かに痛かったが

手術に臨んでは老いてなお矍鑠としていた

あの先生は名医だ 名医なのだ

 

信頼の念は

些かも揺らぐものではない

すごく 痛かったけど

 

 

 幸福論 

 

冬の朝

目覚まし時計が鳴る

のそのそ布団から出る

今日は日曜日だった

布団にもぐり込む

 

至上の幸福それは二度寝

スヌーズ機能付きの目覚まし時計を買った

 

月曜日の朝

アラームが鳴る

布団から出そうになる

真の起床は三十分後

布団にもぐり込む

 

(車の発進音 どこかの店の放送 高架を走る

 電車の音 隣の人が誰かと立ち話をしている

 遠くでサイレンが鳴る 今は止めてくれ街宣

 車 朝から鳴くなよカラス!)

 

二回目のアラームが鳴る

のそのそ布団から出る

ねむたい だるい すっきりしない

顔を洗って歯を磨いてメシ食って仕事へ

 

出費の上に寝不足気味

幸福論は

わりと難しい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩集 日々に遅れて ( 未完)

 

 

 普通の空 

  

仕事場のドアを開けると

早く来て掃除をしている筈の君がいない

代わりに卵がひとつ床に転がっていた

 

とうとう君は卵になってしまったのか

私には何も言ってくれなかった

淡いピンク色をした卵を

手のひらで包むと生あたたかい

君が見ている夢の温度なんだろう

私は軒下の燕の巣の中に

卵になった君をそっと置いた

 

いつか君は雛になって

燕として成長して

今日とあまり代わり映えのしない

普通の空へ飛んで行くのだろう

それが君の夢だったから

 

その時が来れば

やっぱり私は泣くのだろうか

空は普通の空なのに 

 

 

 

 受付 

 

砂浜に受付のデスクが

ぽつんとひとつ

 

前方には潮の引いた藻場が

どこまでも広がっている

 

デスクの上の

海の図鑑を開くと

いろんな星の海が泳いでいた

 

地球の海は昼寝をしていたけど

月の海のキスで目を覚ますと

上機嫌で泳ぎ出した

 

僕も誰かにキスしたいのに

今はデスクに座って

受付の準備

 

彼方から

津波がやって来る

 

 

 

 写真 

 

この街でいちばん美味いという

来々軒のラーメンを食べていたら

いつまですすっても麺が途切れない

 

適当なところで喰い千切ると

あなたはひどい人だ

という声がした

たぶんメンマが言ったのだ

 

油で汚れた店の壁には

この街の昔の写真が貼ってあった

 

異邦のような街並み

自転車で行く人 歩く人

まだ高架になる前の鉄道線路が

遥か遠くまで続いている

 

そんなことはない

 

頭を振って否定したいのに

うなずくように頭を垂れて

メンマを口に入れた

 

 

 

 街 

 

―朝

 

ビルの階段を降りて行くと

何かの軋む音がする

 

たくさんの

時間の積み木が

押し合い

こすれ合って

順番を決めている

 

―歩道を歩く

 

山桃の並木が

慌てて生えてきたように

ぎくしゃくと

落ち着かない様子

 

―風が梢を整える

 

向こう側の歩道を

ストッキングを履いた

足だけの人が歩いて行く

 

だんだんと

胴体も付いてきた

 

―疾走する音と残像

 

アスファルト道路の

濡れた表面に広がる

細かな光の粒々

 

ひとつひとつが

お喋りしながら

舞い始める

 

―視線は向こう側へ

 

光の中から

街が現われた

 

 

 

 日々に遅れて 

 

 結局やって来なかった夏の記憶は、知らず知らずの

うちにうす桃色の蕾に閉じ込められる。名前を失った

花の開花を薄明の中で反芻しようとしても、顔の無い

夜の方にするすると逃げて行き、掴もうとする手は透

明な翅脈へ迷い込んでしまう。

 

 早朝の、ごく限られた時間だけ朝陽が射す場所でし

か生きられないモウセンゴケは、密生する腺毛に朝露

を付着させて、捕らえた光を小さな渦巻形に丸めてか

ら、時間をかけて消化してゆく。しずくから弾け跳ぶ

光の予兆だけが私を生かす。

 

 やって来なかった? いや、気が付いた時には過ぎ

去っていた夏に、喉を盗まれた鳥はあの雲の彼方に飛

び去り、すべてのモノは持ち場に戻って、私の部屋は

白い空間の呟きで充たされる。影の無い襞への凝視が

どこか遠いところで空転している。

 

 モノの胎内に埋もれて、彼らの温度に浸されていた

いと切に願う。だが視線はいつも遅れて、東欧の木の

玩具が並び、レースのカーテンが揺れる出窓は、取り

澄ました顔をして今日もそこにある。記憶は駅の構内

の暗がりの、打ちっ放しのコンクリート壁の細かな剥

落へ溺れてゆく。

 

 モノ達が運んで行く日々に、私は常に取り残される。

私は焦燥に駆られて戸外に出て行く。そこには街が、

光溢れる街がある。風に揺れるクスノキの葉叢が、何

かが過ぎ去ったことを私に告げている。木陰で懐かし

い人が涼やかに笑っている。こんなふうに、私はいつ

も日々に遅れてゆく。

 

 

 

 会社をたたむ 

 

会社をたたむと決心して以来

もののたたみ方に注意するようになった

これまで自分でたたまなかった布団を

たたんでみたりするようになった

いつもはそこら辺に放り投げている

パンツや靴下もたたんでみた

風呂敷もたたんだし

タオルやキャンプ用テントや

驚く女房のパンストまでたたんだ

たたむのは案外簡単だと思った

しかしあまり音がしなかったので

何とも言えず奇妙な感じがした

お前はたたむものの気持は理解しているが

たたまれるものの気持は分かっちゃいないと

私をなじるものがぼつぼつ出て来そうだ

案の定フスマが開いて

ぼつぼつとたたみが出てきた

たたみはたたむものだろうか

それともたたまれるものだろうか

そのどちらでもなく

どちらでないこともない?

考えていたら面倒臭くなってきた

幸い会社はたたまれるものだ

私はドスンバタンと音を立てて

会社をたたんだ

おかげで奇妙な感じはなくなったが

ついうっかりして

会社の気持を分かるのを忘れてしまった

たたみは依然として

ぼつぼつと出続けている

ぼつぼつぼつぼつぼつぼつぼつぼつぼ、、、

もうすぐ私をなじり出しそうな気配

私は先手を打って

家じゅうのたたみを

たたみ屋に張り替えてもらった

会社もたたんで心機一転

新しい方がいいのは

なるほど

女房だけではないようだ

ほくそ笑みながら振り向いたら

頭から角を出して

私をなじるものが立っていた

そいつは散々なじった後

てきぱきと私をたたんで

フスマの部屋へ担いで行って

新しいたたみに加えようとしたが

どうしても余計な一枚なので

たたみ屋と交渉した結果

私はたたみ屋に引き取られて行った

たたみ一枚分を値引させて

万事めでたしめでたしだった

 

 

 

 遠雷 

 

朝 目覚めたら

鳥の巣箱の中にいた

市会議員選挙の告示のニュースが

母屋の方から聴こえてくる

体を起こし 何となく上を向いて

首を伸ばしてお口をあんぐり

母がテントウムシを口移ししてきた

ちょっと翅が硬かったけど

次のアカイエカは乙な味だった

市民の血が混じっているからよ

あい変わらず場当たり的な行政だこと

お昼過ぎまで世間話をしていたら

父がミミズを咥えて帰って来た

食べると土壌の味がして

即効でドジョウになった

巣箱の穴からにょろりと出ると

ケンタッキー草の叢に落下

川まで蛇みたいにくねくね這って行き

ヘドロの床でトロトロお昼寝

土手の道を走る選挙カーの声で目覚めた

ジエチルパラチオン市民の皆さま

清き一票をおねがいします

ヤノネカイガラムシでございます

おねがいしまあす!

おねがいしまあす!

おねがいしまあす!

おねカイラがあいしムすまシ!

ヤノおねネカがいイガしまラムあす!

ジエきよチルきいパラっぴチオょ!

シねヤおノむネジラいあっパラまっぴ!

ヤいノガガガカガガガカガカす!

候補者が必死で叫んでいる

バカみたいに手を振っているから

バカみたいに手を振り返そう

しまった! 手が無いのだった

ああ バカみたい

頭を抱えようとして

しまった! 手が無いのだった

んあ〜バたバババかバが?……

選挙カーの声が小さくなって行く

山の稜線の遥か向こうで

遠雷が鳴っている

 

 

 

 泥 

 

街のあらゆる隙間から

浸み出てくる泥に追われて

 

JR駅構内の暗がりの

打ちっ放しのコンクリート壁に

ひっそりと身を寄せる

 

壁に走るひびはハイウェイ

ところどころ露出した

砂利の集合は街

ビルの屋上に

給水タンクがあり

煙突と鉄塔と

平野に広がる家々がある

 

見詰めるたびに

壁は透明さを増し

青空と

白い雲と

ゆるやかに蛇行する川

ずっと遠くには

きらきら輝く海が見える

 

おまえはいま

ここで 生まれたのだ

海の向こうの大陸から

にぎやかな列車が到着する

コンクリート壁の

この時 この場所で

 

待っていよう

街を覆い尽くす泥を

呑み込まれても構わない

もともとおまえは

泥だったのだから

 

壁の呟き声が聴こえるか

 ―泥には固有の速度がある

 

 

 

 

 

詩集 多島海より ( 未完)

 

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 天牛 ( 国文祭京都2011入選作品)  

 

てんぎゅうをとりにいこう

きみがそう言った夏休みに

ぼくらは残忍なハンターになる

 

もくもくと青空に湧く入道雲

稚魚の群れが回遊する島の海を

ぼくらは毎日飽きるほど泳いだ

 

陸に上がって濡れた体を拭いても

蝉の声の合唱に囲まれたら

すぐに大粒の汗が吹き出て来る

 

湿気た藪に羽虫の群れが忙しく舞い

麦草の上を黄金虫が飛んで行って

ぼくらの行く先は斑猫が道案内

 

草叢から蝮が這い出て来ると

きみは素早くしっぽを掴んで

そいつと遊んだ後で頭を潰した

 

ぼくらは島の少年

萱の茂みを掻き分けて行けば

そこはぼくらの眩い聖域

海風が昼寝をして

草いきれの立ち昇る荒畑に

自生する無花果の大樹

天牛は夏の乳房に抱かれて

葉っぱや枝に必死でしがみついて

乳白色の汁を吸う赤ん坊だ

 

黒い翅に星が散らばる髪切虫

驚いて飛んで行く奴は放っておいて

ぼくらは歓声を上げながら捕り続けた

 

袋代わりの帽子に獲物を詰め込むと

おとな達のいる農協の建物へ行って

天牛の数を数えて小遣いをせしめる

 

幼虫が蜜柑の樹を枯死させるから

角のある頚を千切られた天牛への供物は

ラムネと甘イカと真っ赤なかき氷だ

 

こんどはさかなをつきにいこうか

家路につく前に ぼくらはもう

あしたの遊びのことを考えている

  

 

 ※天牛=髪切虫(カミキリムシ)の漢名。

 

 

 

 おとめ ( 国文祭おかやま2010 入選作品) 

  

海藻の匂いが漂い

干し蛸がぶら下がる漁村の道を

おとめは エシエシ笑いながら歩く

焦げ茶色に焼けたうなじを

乾いた潮風が打つ

塩をまぶしたような髪をほつらせ

おとめは よだれを拭きながら

ぼろを引きずって歩く

 

遠い昔の寄宿舎で

島から来た同級生に聞いた話

 

夜のラジオからは

ザ・ビートルズの曲が流れていた

教会で米粒を拾うエリナー・リグビー

  (寂しい人々は何処から来るのだろう)

おとめの島に教会はなかったから

虚空蔵さんやお大師さんのお接待の

お菓子を恵んでもらったのだろうか

 

おとめ 乙女? 「お」が付いた「とめ」

それとも音女か 音の眼か

 

ザ・ビートルズは歌う

誰も近づく者のいない神父の孤独

  (寂しい人々は何処に身を寄せるのだろう)

おとめにも 誰も近づく者はいなかった

囃し立てながら後ろに付いて来る

子供達を除いては

 

磯では終日ゆっくりと

ヒトデやウニが動いている

舟を沖に漕ぎ出せば

魚群の上を鳥が舞う

おとめの海は

マダイに追われるイカナゴの群れも

背びれを揺らせて直立するタチウオも

いたかも知れない子の記憶も

すべてを呑み込んで波打っている

 

おとめは奇声を上げて

子供達を追いかける

鳥のように散らばる子供達

魚網の陰から様子を窺っては

またそーっと近づいて

からかいの言葉を投げ付ける

やがて飽きてくると

鳥のように

母の待つ家に帰る

 

おとめは一人になり

島の西の浦まで

またぼろを引きずって歩いて行く

灯標のある岩礁に夕陽が沈む

  (ああ、沢山の寂しい人々を見てごらん)

今もあの曲を聴くと思い出す

砂浜に立つ黒い後ろ姿

 

おとめよ そこから

何が見える 何が聴こえる

 

 

 

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 金柑

 

深緑色の小葉が群れる枝に

金の果実が十幾つ

 

花瓶に挿して眺めていたら

子供の頃に読んだ

セルビアの民話を思い出した

 

夜更けに鳥が盗みに来る

王宮の金の林檎

鳥は綺麗な女性に変わり

見張っていた王子様と結ばれる

 

これは金柑

私は王子様じゃないけど

 

夜更けまで見張っていようかな

 

 

 

 祖母の記憶( 県文祭2013広島市教育委員会賞)

 

十六で嫁入りした祖母は

まだ娘だったから

近所の子供達と鞠を突いて遊んでいた

すると 嫁入りした女はもう

そんな遊びをしてはいけないと

誰かの叱る声が聞こえて来たという

 

春の夜明け前に

積み重なった笹の葉の下から

筍が微かな音を立てて生えて来る

祖母が竹薮に行くと

子供の姿をした竹薮の精が

飛ぶように先を走って行き

祖母は少ししんどそうに笑いながら

その後を追って筍を掘る

 

雉が飛び立つ夏の畑で

祖母と離れて遊んでいた私は

からす蛇に遭遇して泣き出した

祖母は作業の手を休め

額の汗を手甲で拭いながら

雉と一緒にからす蛇も飛んで行ったと

泣き止まない私を慰めた

 

秋になると祖母は

竹で編んだ箕の中に

収穫した穀物を入れて揺さぶり

殻や塵を巧みに分け除いてゆく

幼い私も真似をして遊んだが

上手くゆくわけはなかった

祖母の記憶はいつも

この作業をしている姿で終る

 

或る冬の日の夕刻

村人が草叢の中に倒れている祖母を見つけた

 

お寺に向かう長い葬列

大人達はしきたり通り

頭に白い三角の紙を着けていた

その中に私もいて

あちらこちら動き回っていた

 

小学校の横の登り坂に差しかかると

私を見つけた同級生達が

校舎の窓から身を乗り出して囃し立てた

私はとてもばつが悪かった

もう 竹薮の精になって

祖母と筍を掘りに行けないのに

 

春に祖母のことを思い出していると

夜がだんだんと更けて行く間に

遠くの竹薮の地面がゆっくりと盛り上がり

筍が生え出て来そうな気配がある

その横で十六の娘が

鞠を突いて遊んでいる

 

 

 

 夢

 

白っぽい視野の中に

草の生えた道があり

知らない樹木が立っていた

 

母は和服を着て

道にひとり佇んでいた

すると向こうから

何年も前に死んだ父が歩いて来た

 

ぱりっとした背広を着た

青年の頃の父だった

母は懐かしそうに父に近づくと

ふたことみこと話しかけた

 

父はたいそう照れながら

何か言葉を返している

父の背広の袖に触れるたびに

母は若くなってゆく

 

やがて父は母の手を取り

後ろ姿の若い二人は

まだ私の生まれていない

夢の奥へと消えて行った

 

 

 

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 記 憶( 県文祭2012広島市長賞)

 

  トキエは泣いている。薄暗い納戸の奥の、紅い鏡掛

を開いた鏡台の前に座り、泣きながら化粧をしている。

「おかあちゃん」。幼い私はトキエに纏わり付いて、

その名を呼び続けている。戸外から畑仕事に行く父の

呼び声が聴こえて来る。町育ちのトキエには馴染めな

い農家の日々と、父への精一杯の抵抗。「おかあちゃ

ん」。私はいつまでも呼び続けた。

 

 まだ日差しの強い秋の日に、私はトキエに連れられ

て何処かの保養地に向かっていた。トキエと私は手を

繋いで列車に乗り、手を繋いで畦道を歩いた。見上げ

ると、帽子を被ったトキエの顔が、青空を背に私に微

笑み掛けている。トキエと私は知らない女の人達と一

緒にお風呂に入った。薬湯に濡れた白い肌の記憶が、

仄かな香りと共に漂っている。

 

 やがてトキエは甲状腺を病み、遠くの町の赤十字

院に入院した。日曜日に見舞いに行った姉と私を、ト

キエは寝台から身を起こして迎えてくれた。姉と私は

トキエに見守られながら、病院の敷地内の池の畔で遊

んだ。静止した時間の中で、萱の茂みだけが風に揺れ

ている縁のぼやけた記憶。病院の横の橋を渡ると、貸

本屋の小さな暗がりがあった。

 

 私はトキエを見舞ったことを作文に書き、全校生徒

の前で読み上げた。その時、私は涙ぐんでしまった。

級友達は私をからかい、教師も私に声を掛けた。講堂

の壇上での、どうしようもない恥ずかしさの記憶。し

かし寂しさと悲しさの記憶は、今では重い石の蓋をし

て草叢に放置された古井戸に沈んでしまっているかの

ようだ。

 

 月日が経ち、トキエは年季の入った農家の主婦にな

った。私は青年になり、大学の夏休みには帰郷した。

青い海が光り、ひっきりなしに蝉が鳴く島の蜜柑畑に、

女子高生達が摘果作業の手伝いに来ていた。その中の

一人が、蜜柑の樹の枝を這う蛇の子供を見付けて泣き

出した。「ありゃまあ可愛い蛇じゃが」。トキエは笑

い、代わってその樹の摘果をした。

 

 私はE・T・A・ホフマンの小説の一場面を思い出

した。棕櫚の木の幹を伝い降りる金緑色の蛇。そして

ロマン派の小説や絵画に描かれている女性に憧れた。

しかし、蜜柑畑の女子高生達には無関心を装い、そう

やって格好を付けている割には、のんびりと小枝に絡

まって遊ぶ目の前の小さな蛇に対しては、ただ手を拱

いているばかりなのだった。

 

 それから更に永い年月が経った。記憶は霖雨に煙る

遠い島影のようだ。私はいい歳になり、先年トキエは

八十八歳の生涯を終えた。

 

 

 

 巡礼歌

 

あなたが残して行ったもの

 

俳句を連ねた小さなノート

表紙がぼろぼろになった聖書

漱石の「虞美人草」と

若山牧水の歌集

壇の上の 薄い写真の中の

やわらかな微笑み

 

かつてあなたが

夫を見送った夜

持鈴を鳴らしながら歌った歌が

いま再び あなたを見送る

私の耳に聴こえて来る

 

―あなたに伝えたい言葉があります

 

呼び掛けても

もう届くことのない春の日に

澄んだ響きの巡礼歌を歌っている

 

あなたは

いま

何処にいるのですか

 

 

 

 グラウンド・ゼロ

 

あの現場の写真を見た

瓦礫はすべて撤去され

金網や柵に囲まれたそこは

グラウンド・ゼロと呼ばれていた

 

そして現在 私が住む街の駅前に

デパートを取り壊した後

再開発計画が頓挫して

そのまま放置された広い跡地がある

 

街の真ん中の

鉄の塀に囲まれた空虚

 

 ハイジャックされた旅客機が

 ビルに突き刺さったわけじゃない           

 

 炎上するツインタワーから

 死のダイビングをしたわけじゃない

 

 高熱に溶かされたビルが

 映画のように崩壊したわけじゃない

 

なのにどうして

 

花粉症の眼をこすっていたら

駅前グラウンド・ゼロから

カラスが海へ向けて

ミサイルのように飛び立った

 

 

 

 友人

 

ゴルフ焼けしたいい親父になった

今では大阪の営業所長さんだ

 

――僕らの音楽を理解してくれる人は

  この都市に一人か二人ってところだ

  だけど これだけは確実に言える

  僕らは凄いことをやっているんだ

 

チラシやポスターを手作りして

小さな画廊でフリー・インプロヴィゼーション

聴きに来た十人は八人までが仲間内だった

 

あれから四半世紀

今も君の言葉を覚えているよ

話の合間に伝えたかったけれど

列車の時刻が近付いた

 

――これでもう会うことはないかもなあ

 

帰り際の友人の言葉に

それもまたよしと思った

 

 

 

 蛇 ( 国文祭あきた2014 入選作品)

 

  遠目には黒い紐に見えた。近寄ってみると蛇の子供

だった。体長は二十センチくらい。JR新幹線駅の東

口を出てすぐの、駅前広場のフロアタイルの上に横た

わっている。尻尾の後ろの、コンクリートの柱と床と

の接合部に、蛇が出入りできそうな亀裂が開いている。

その奥に巣があるのだろう。小さな頭を僅かに床から

もたげているが、なにしろ全身が真っ黒なので、どこ

が眼なのか皮膚から判別するのが難しい。その眼には

どんな世界が映っているのか、駅前広場のずっと向こ

うの方を眺めているような姿のまま、ピクリとも動か

ない。親や兄弟はいるのだろうか。皆で暗い巣の中で

身を寄せ合って、地上へ旅立った家族の行く末を案じ

ているのかも知れない。もしかしたら、この駅の地下

は蛇の巣だらけなんじゃないか? 蝮や青大将がとぐ

ろを巻き、山楝蛇や縞蛇やハブが這い回る、蛇の王国

が広がっているんじゃないか? 外来種のでかい奴も

のたくっている? 在来線の列車がホームに入って来

る音が想像をかき消す。背後を若い男女の笑い声が走

り過ぎて行く。小さな頭が僅かに動いたように見えた。

 

(蛇の子供は進み始める。生まれ育った場所に別れを

告げ、駅前広場を這って行った遥か先には、迷路のよ

うな街が広がっている。それは蛇の子供にとって、穴

や溝や亀裂やいろんな質感を備えた凹凸の連続だ。ア

スファルトやコンクリートばかりじゃない。土や草や

樹や水場もある。餌になる虫にも困らない。そんな格

好の遊び場を横目にしながら、蛇の子供は進んで行く。

漠然とした予感を胸に抱きながら、街の中心部を抜け、

海岸べりの家と家の間の、暗い排水溝の縁を這って行

くと、ふいに視野が開けて、蛇の子供はいっぱいの光

に包まれる。目の前には真っ青な海が広がっている。

すると飛び魚のような胸ビレが左右に生えて、蛇の子

供は海へ、海の沖へと飛んで行く。)

 

 駅構内のうどん屋で昼食を済ませた。職場への帰り

にまだいたら駅員に告げようと思ったが、そこにもう

蛇の姿は無かった。

 

 

 

 病院

 

夜の付き添いに疲れて

人気のない待合室の

ソファでうつらうつら

 

窓際に置かれた

ヒヤシンスの根が

くねくねと

夢の中まで伸びてくる

 

先端の脈動に

病院のすべての機器が

共鳴している

 

 

 

 潮騒

 

冷んやりした部屋の

窓際に椅子を置いて座る

 

裸電球に照らされた

オレンジ色の壁に

魚の形の滲みが付いている

 

じっと見つめていると

風が梢を揺らす音に混じって

足音が聴こえてきた

 

だんだん大きく

近くなると

ドアの前で

ぱたっと止まった

 

(ただいま

 

誰も言ってくれないから

 

(おかえり

 

ひとりで呟いてみる

 

歩き出した足音は

だんだん小さく

遠くなって

やがて

消えてしまった

 

誰だったのだろう

 

魚の形の滲みが

部屋中に広がって

すべてが闇になった

 

たぶん夜の海だったのだろう

 

 

 

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 シジミ蝶 ( 県文祭ひろしま2014入選作品)  

 

国道二号線を走っていたら

視野の右側から

ふいに何か飛び込んで来た

と思ったらサイドミラーの上に

シジミ蝶が止まっていた

小指の爪ほどの大きさの

灰白色の翅をピタリと閉じて

全身で風を浴びている

すぐに飛んで行くだろう

ちらりちらりと見ていると

アクセルを踏む足が緩んでくる

バックミラーの後続車が迫って来た

焦ってアクセルを踏み込む

吹き飛ばされるかな?

だがシジミ蝶は動かない

ちら見を続けていると

またアクセルが緩んでくる

後ろの車が迫って来て

アクセルを踏み込む

これをもう一度繰り返したが

シジミ蝶は動かない

道路の両側に続いていた

古い街並みを抜けると

港の棕櫚の木が見えてきた

十字路に差し掛かり

赤信号で停止する

風が止んだ

遠くに海が見える

ふいにシジミ蝶が飛び立った

フロントガラスにぶつかって

曲線を三つ四つ描いた後

身を翻して港の方へ消えた

港からは船が出て行く

故郷の島に寄港する船だ

何年も帰っていない

もうすぐ四月

母の七回忌がやって来る

 

 

 

 かなしみを知らない

 

あい変わらずぼくは

かなしみを知らなかったから

トーイチに会いに行った

 

夜中に網小屋に降りて来て

悪さする星どもなら知っとるがの

じゃが かなしみは知らん

カン女に聞け

ごみ捨て場でごみを漁りながら

トーイチが言い終わると

ぼくはトーイチになっていた

 

トーイチは

カン女に会いに磯へ行った

 

海髪豆腐を食べた鳥は

水母に生まれ変わるんは知っとるで

じゃが かなしみは知らん

イサクンに聞け

磯で蜷や海髪草を採りながら

カン女が言い終わると

トーイチはカン女になっていた

 

カン女は

イサクンに会いに岩礁へ行った

 

満潮の時に姫虎魚に刺されたら

干潮まで性夢を見るんは知っとるど

じゃが かなしみは知らん

海に聞け

岩礁の魚や蛸を銛で突きながら

イサクンが言い終わると

カン女はイサクンになっていた

 

イサクンは

沖へ舟を漕ぎ出した

 

紺碧の海は

たくさんの小島を浮かべて

何処までも広く深く

潮の流れが

木切れや白い漂流物を

弧を描きながら運んだり

所々で渦を巻いたり

懐に魚群を回遊させて

青空には

鳥達が魚を狙い

てんでに鳴きながら

舞っている

 

鳥達が鳴き止んだとき

イサクンは海になった

 

ぼくは海になった

 

かなしかった

 

 

 

 ぬるい風

 

 よく晴れた夏の日の朝、私は海岸沿いを走る電車のシー

トに座っていた。ふいに砂浜のぬるい風が窓から吹き込ん

でくると、私が飲み干したペットボトルの中に、しゅるし

ゅると渦を巻きながら吸い込まれてゆく。そのとき私はも

う少しで喃語を喋りかけたが、ペットボトルの中で魚の鱗

がキラッと輝くのが見えたので、あわてて蓋をした。

 

 ペットボトルはたちまち風船のように膨らんできた。身

を離して見ていると、終いにはパーンと破裂して、一瞬の

間あたりには何も見えなくなった。気が付いたら電車は何

の変わりもなく進んでいる。しかし窓の外は海の底にな

り、海藻が揺れる珊瑚の周りを魚が泳いでいる。私はまた

喃語を喋りかけたが、もう少しのところで舌が裏返って

しまった。

                   

 ペットボトルから飛び散ったぬるい風は、白い泡の群れ

になって電車の窓から飛び出し、海中を遠ざかって行っ

た。と思ったらすぐに戻ってきて、私から素早く喃語を奪

い取ると、海面を目指し一目散に上昇してゆく。私はあわ

てて車両から潜望鏡を出して覗いてみたが、たちまち魚の

群れが潜望鏡に齧り付いて、まったく用をなさなくなっ

た。

                   

 斜め前に座っていた女子高生が、私の様子を眺めてケタ

ケタ笑っている。私は何事もなかったような顔をして潜望

鏡を覗いていたが、だんだんきまりが悪くなってきた。海

面に達して空気中に解放された私の喃語が、多島海に響き

渡っているのがここに居ても聴こえてくる。すべての風が

喃語を喋り出すのも時間の問題だ。

                    

 女子高生はケタケタ笑い続けている。電車が陸に戻った

ら、彼女に事のいきさつを説明したいものだ。私は喃語

失ったのだから、普通の言葉で喋ればいいだろう。

 

                                        

( 注)「 喃語( ナンゴ)」=嬰児のまだ言葉にならない段階に発する声。

 

 

詩集 Coffee Shopの物語 

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 プレリュード 

 

爽やかな初夏の朝

コーヒーショップの窓の外では

スズメ達が噴水に集まって

小さな翼をシャンプーしている

音大行きのバス乗り場では

客はバスの屋上に梯子で登り

ピアノを楽譜初見で弾かないと

乗せて行ってもらえないそうだ

ラヴェル先生が入試用に作曲した

『プレリュード』を上手く弾けない人は

スズメの冠婚葬祭のための祝い歌や

レクイエムを補習させられている

遠い昔 私も高校の体育館で

ローリング・ストーンズの曲の

イントロをトチったことがあるから

何処かで補習をすればよかったのに

放っといたらこんな歳になってしまった

今からでも遅くはないと思うけれど

あんなに好きだったギターもバンドも

とっくの昔にやめてしまった今となっては

いったい何を補習すればいいのだろう

すると 隣りのテーブルの老婦人が

私の手に彼女の手のひらをそっと重ねて

「あなたはもういいのよ」と言う

そう言われても私は納得できず

お金を取ってライブをやったことが

学校にバレて二週間の謹慎を喰らったことや

ストーンズの『Tell Me』が好きだった

不良の同級生の死のことを思い出していると

じんわりと涙が滲んできてしまった

老婦人はそんな私をさとすように

もう一度静かに繰り返した

「あなたはもういいのよ……」

しかし私は涙が止まらなかった

それからしばらくのあいだ

老婦人は私を優しく見守っていたが

最後にしみじみと独り言を呟いた

「でも、ストーンズ

あの超簡単なイントロをトチるなんて……」

最終的な自制の糸がぷつと切れ

私はテーブルに突っ伏して嗚咽し始めた

「傷つきやすいんだから……」

『プレリュード』が流れるバス乗り場では

みんな早くしてくれないかなあと

運転手が大アクビしていた

  

 

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 石狩挽歌

 

コーヒーショップに夏が来て

向かいの席の女子高生が

ブルーソーダを飲み始めた

青い液体をストローでチュー

コップの中身が減っていくにつれ

女子高生は足先から海になっていく

水位は下腿から太ももへ

お尻からウエストへ胸へと上昇し

ブルーソーダを飲み干した時には

頭のてっぺんまで真っ青な海になった

途端にバッシャーン! 身体が崩れて

海水が一気に床へ流れ落ちた

店内はたちまち一面の海になり

セーラー服がゆらゆら浮かんでいる

客達は取りあえず泳ぎ始めた

太陽と月と地球の運動により

潮汐と潮流の循環が始まり

セーラー服が沖へ流されて行く

海猫がミャーミャー鳴きながら

セーラー服を追って飛んで行く

すると鳴き声を聴いたウェイトレスが

バタフライしながら唄い出した

(海猫〈ごめ〉ぇが鳴くからぁ、ニシンが来るとぉ~)

かなりこぶしの効いた「石狩挽歌」だ

私は背泳で海猫を空に見送りながら

(赤ぁい筒袖〈つっぽ〉のぉ、やん衆がさぁわぐぅ~)

精いっぱいのこぶしで応えた

他の客達もクロールや平泳ぎをしながら

一人二人と合唱に加わってくる

(あれからニシンはぁ、どこへ行ったやらぁ~)

こぶしの効きまくった全員の大合唱だ

セーラー服はどこへ行ったやら~

私は立ち泳ぎになると

水を蹴りつつ腕組みして考えた

(オンボロロ~、オンボロボ~ロロォ~)

このぶんだと次の曲は

「兄弟船」がいいかも知れん

  

  ※( )内は『石狩挽歌』の歌詞。

   なかにし礼さんドウモスイマセン。

 

 

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 風と共に去りぬ

 

コーヒーを飲んでいると

窓に伝書鳩が降りてきた

うん? 私に宛てて?

指にパン屑を乗せて差し出すと

小さな嘴でせわしく啄ばんでくる

ふふ 可愛いやつ

光沢のある胸を撫でてやると

ククルルと喉を鳴らす

足に付けてあるアルミの円筒から

通信文を取り出して読んでみよう

どれどれ

「あなたに伝えることは何もありません」

丸文字で書いてある

はて? 誰が私にこんなことを?

一人でいぶかっていると

「あんたに伝えることなんかないよ」

伝書鳩がややイケズな口調で言う

はあ? それにしてもいったい誰が?

「おまえに伝えることなんかない!」

ついにおまえ呼ばわりでダメ押しだ

その時 窓の外のすべての風が

空のいちばん高いところへ向かって

大急ぎで駆け昇り始めた

伝書鳩は焦った顔になってもう一度

「てめえに伝えることなんざねえっ!」

吐き捨てると

風と共に飛び去った

 

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 春のキャンペーン

 

トーストセットを注文すると

今は春のキャンペーン期間中だそうで

赤い三角くじを引かされた

「お目出とうございます。当選です」

グラマラスなウェイトレスが言うには

姪っ子が一人当たったのだそうだ

長い間会ってないなぁ……

テーブルに着いて待っていると

ずいぶん成長した姪っ子が現れた

うんうん可愛くなったじゃないか

ふふ 胸もふくらんできているな

私はなんだか気分を良くして

姪っ子の顔にマーガリンを塗りたくり

ペタッ! 額にぽち袋を貼り付けてやった

それはいいとして 今日はあの

グラマラスなウェイトレスが気になるな

つい胸やお尻をチラ見してしまう

おお またこっちにやって来るぞ

至近距離まで来るとこれがまた……わおぅ!

「本日は母親もサービスになっております」

グラマラスなウェイトレスがそう言うと

後ろから信玄袋を下げた母親が現れた

「げっ、おふくろ!」

私は慌ててテーブルの下に潜り込んだ

「頭隠して尻隠さずじゃ。いつまでたっても

あんたは尻たぶらの青いのが消えんけのう」

母親はテーブルに信玄袋を置くと

私のズボンの臀部をガバと下げ

むき出しのお尻に苺ジャムを塗り始めた

「勘弁してくれよ〜」

私はテーブルの下から這い出ると

うな垂れながら椅子に座り直した

「いつまでたっても甘えんぼさんじゃけのう」

母親は私の顔に苺ジャムを塗りたくっている

ぽち袋を貼ったら早く帰ってくれ

「そがなもんはない!」

 

 

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 牛

 

コーヒーにミルクを垂らし

スプーンでかき混ぜると

渦の中から喋り声が聴こえてきた

「明日はゴミ出しの日だよ」

うるさいなあ分かってるよ

と思いながらカップを覗くと

超小型の牛が泳いでいる

スプーンで取り出してやると

小さくても豊満なおっぱいから

ミルクがぴゅるぴゅる出続けている

おっとトレーの外にこぼさないよう注意

すると隣りの客がこっちを見て

「ああ、また牛が出ましたか。

私は家内に捨てさせましたよ」と言う

「明日はゴミ出しの日だよ」

牛は同じことを繰り返している

「それじゃあいったん持ち帰って

明日ゴミ収集場所に出すとしましょう」

牛は急にミルクを止めると

かなり焦った顔になって

「明日はゴミ出しの日じゃないよ」

今度はそう言い出した

私は聞えよがしに隣りの客に言った

「じゃ〜あ明日はすき焼きの日ですなあ」

「ほう、そりゃいいですなあ」

「うわははははは」

顔を見合わせて大笑いしていると

牛はひと言「グスン」と呟いた

ごめん

冗談ですジョーダン

 

 

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 奈落へ

 

コーヒーをひと口飲むと

下腹部に非常に強い便意が襲ってきた

そう言えば今日は朝方から

何となくお腹が妙な具合ではあった

この店では駅構内のトイレに行くしかない

けっこう遠いんですよこれが

ふうぅ〜 何とか治まったようだから

我慢して自宅に帰ってゆっくりと……

すぐにまた強烈な便意が戻ってきた

うううぅ〜〜ぐむむううぅぅ〜

「ランチセットお待ちの方!」

ウェイトレスのカン高い声が今日は癪に障る

それより前のテーブルでお喋りしている

女子高生達に感付かれてはならない

上体が左斜め前屈約四十五度に固まるので

パソコン画面に見入る振りをする

ふうぅ〜 いくぶん治まってきたが

あぶら汗を拭うお手ふきを取ろうと

身体を少し動かしたとたん

またまたグググゥと鋭く刺し込む感覚

おのれぇ! もう辛抱たまらん!

意を決して席から立とうとした瞬間

なぜか顎関節が脱臼した(アゴはずれた)

次に左右の肩関節がはずれ

左右の股関節もはずれ

という具合に次々と

上は環椎後頭関節から

下は恥骨結合や足指の関節まで

全身の関節と骨結合がはずれていく

最後に頭蓋骨の縫合が分離しだしたが

つけ足しに両の眼玉が跳び出して

ヨダレ垂れ流し状態の口のあたりまで

ダラリとぶら下がった

ああ 私もうダメ 立てない

椅子に放置された越前クラゲが

さらにドロドロに液状化したような気分だ

その時 轟音と共に床が陥没して

周囲の客が驚いている中

私は凄いスピードで

椅子ごと地中深く落下して行く

排便関係の神経や肛門括約筋は健在なのか

激しい便意だけは変わらず襲ってくる

こうなったらいっそのこと

ど派手に炸裂しちゃった方がいいと思う

奈落へ落ちて行くというのは

なかなか得難い体験ではあるが

トイレの後にしてくれた方が良かったと

私としては言わざるを得ない!

 

 

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 夏祭り

 

コーヒーショップで冷コ中

窓の外ではトウモロコシが

半被を着てイカ下足を焼く夏祭り

駅前広場に設営された

野外ステージではカラオケ大会

たまにはこういうのもいいな

近くの信用金庫のOLが

敏いとうとハッピー&ブルー

『ぎんざのお地蔵さん音頭』

(S.55 キャニオン)を歌うと

スイカが裸足で逃げ出した

続いてケアハウスなごみの事務長が

森雄二とサザンクロスの

『母性本能』(S.53 クラウン)を歌うと

タイ焼きが身悶えして衣を脱ぎ捨て

あんこを投げ付けて抗議している

よりによって二人続けて

オンチにも程というものがある

とどめはOLと事務長のデュエット

和製ラブマシーン・ポピーズの

『ソウル恋泥棒』(S.52 東芝)だぁ?

なんか知らんがとにかく阻止せねばと

ナイフを持ってステージに乱入した

紅顔の右翼少年Zを羽交い絞めにして

かき氷が早まるなと説得し

公安警察もステージの裏で動いたが

OLのストッキングが

耐え切れずに爆発したので

みんなは人形のようにパタンと倒れ

山河は騒ぎ 海は裏返り

タライから金魚が跳び出して

ぜんぶ死んだ


 

 

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 あんた誰?

 

土曜日の午後

コーヒーショップに子象が入ろうとしたが

ドアに胴体がはさまって

そのまま動けなくなってしまった

店の外から象使いの少年と通行人が

しっぽを掴んでエイヤッと引っ張っている

店内からは客達と店のスタッフが

子象の頭を押しているがびくともしない

それでもウェイトレスが注文を聞くと

子象は「ぼくカフェ・オレ!」と答えた

やがて運ばれて来たカフェ・オレを

子象は長い鼻を使って口の中に流し込んだ

と思ったら胴体を荒っぽく引き抜いて

びっくりしているみんなを尻目に

大通りの向こうへ一目散に逃げて行く

「あ、こら、待てーっ!」と叫びながら

象使いの少年が後を追って走って行く

「お客さんお勘定!」と叫びながら

ウェイトレスも追いかけて行く

やがて彼らの姿は見えなくなり

後には大破したドアだけが残った

店内は平常状態に戻り

客達がなごやかに談笑している

さてしかし 私の見るところでは

この一部始終がどっかおかしいぞ

子象と少年がグルなのは言うまでもないが

通行人や客達の善意の協力者ぶりや

驚いた様子もすごくわざとらしかったし

実は少年とデキてるウェイトレスはもとより

他のスタッフだってなんか怪しいぞ

すべてが私をターゲットに

示し合わせた演技なのは明々白々

それならばこの街で この世界で

ただ一人こんなヤラセを見せられている

私ってば いったい誰なのかしら?

すると 大通りの向こうの

ボール紙製のビルディングをバリッと破って

子象がいぶかしげな顔を覗かせると

私に向かって叫んだ

そうよそれよ! あんた誰?

 

 

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 九官鳥

 

今日はコーヒーショップで

売買契約を結ぶことになっている

しかしコーヒーをひと口飲んだ途端

売るのだったか買うのだったか

金額はどのくらいで

そもそも誰と何を売買するのか

きれいさっぱり忘れてしまった

まあいいや だけど

何となく気分がスッキリしない

ふいに至近距離から視線を感じたので

となりのテーブルを見ると

鳥類行商人が双眼鏡を眼に当てて

じっとこちらをウォッチしている

私はとても腹が立ったので

強い口調で文句を言った

「きみ、失礼じゃないかっ!」

すると鳥類行商人は

「なにおぅ、このケンカ買った!」

威勢よくそう言うと

鳥籠から売買契約書を出してきた

そうそう思い出した

私はあわてて署名と捺印をし

九官鳥を一羽手に入れたが

頭に特大のたんこぶを作ってしまった

「ちょっとお勉強し過ぎたね」

九官鳥が笑った

 

 

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 THE WIND BEGAN TO HOWL

  

白いコーヒーカップが

モジモジしている様子なので

どこか痒いのかと思い

指先でひとしきり掻いてやった

すると紫色の煙が立ち昇り

ケータイの着信音みたいな

安っぽいファンファーレと共に

ジミヘン魔神が姿を現わした

願いごとを叶えてくれるらしい

だったらさえないファンファーレを

あのウッドストックで演奏した

『スター・スパングルド・バナー』に

変えてもらえないか頼んでみよう

すると前のテーブルの町内会長が

「ジミヘンなら『紫のけむり』だぞ」

それが当然のような口調で言う

隣りのテーブルのセールスマンは

「『ブードゥー・チャイルド』の方が

タイトルが魔術っぽくていいな」と言う

「そういうことなら『スパニッシュ・

キャッスル・マジック』もありますわ」

と奥のテーブルの人妻けえ子

「私は『リトル・ウィング』がいいわ。

フィギュア・スケートの音楽にも

こないだ使われてたじゃない?」

これはレジを打つウェイトレス

「『リトル・ウィング』のイントロは

おとなし過ぎると思うけどなあ」

パンを焼きながら疑問を呈する店長

「じゃあデレク&ドミノスがカバーした

『リトル・ウィング』のイントロなら、

けっこう華々しい感じだし、いいかも」

私が小倉パンをパクつきながら言うと

「ああ、エリック・クラプトンね!

ジミヘンよりずっとハンサムだわぁ……」

うっとり顔のウェイトレスとけえ子

この発言が決定的にまずかった

すっかりつむじを曲げたジミヘン魔神は

ケータイの着信音みたいな音と共に

瞬く間に消え失せてしまった

私がいくらコーヒーカップを掻いても

二度と現れることはなかった

こりゃあマズったわいと一同

ルックス関係はタブーだったのか

でもジミヘン格好いいけどなぁ

ライバル意識の問題ですわ

みんなで万感胸に迫っていたら

カップの中で風が吠え始めた

『ウォッチタワー』の最後の歌詞だ

The Wind Began To Howl !

 

(ギターソロでフェイドアウト)

 

 

※「 ウォッチタワー」=正しくは「 All Along The Watchtower」( ボブ・ディランの曲のカバー) 

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 ドキがむねむね

 

毎日コーヒーショップに来ては

テーブルにノートPCと書類を広げて

何やら書いたり考えたりしている

メスのニワトリがいる

近くのオフィスに勤めているのだろう

赤いトサカがよく目立つから

来ていることがすぐにわかる

今日はトーストセットを注文したようだ

ゆで卵が付いているけど

スーツ姿のキャリアニワトリが

共食いになるゆで卵を食べるのかどうか

食べるならどんなふうに食べるのか

気になって仕方がない

きょときょと動く眼やトサカを

ついじっと見つめてしまいそうになる

しかしお互い大人のオスとメス

不適切な関係が生じてはいけないな

だけど時には冒険も……

うんにゃイカンいかん!

けどこの胸のときめきは……

こらこら妻子持ち!

あ、ついにゆで卵を……

眼が合ってしまった!

心なしか濃い流し眼か?

いけませんってば!

あわてて眼をそらすと

コホンとひとつ咳払いをして

コーヒーを飲んだ

あ〜ドキドキしたぁ

 

 

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 リーマン

 

お昼過ぎには

スーツ姿のサラリーマンが多い

コーヒーショップでほっと一息だね

みんなノートパソコンを開いて

液晶画面を覗きながらコーヒーを飲む

私のはもっと小さいミニノートパソコン

こんどSerfaceあたりに買い替えようかな

いいでしょ 仕事用じゃないもんね

えっへん 詩を書いておるのだぞ

なんてお仕事中ごめんなさいっ!

愚にも付かないことをコソコソと……

ここまで書いてコーヒーを一口飲むと

隣りのテーブルのサラリーマンが覗き込んで

「きみ、それは違うよ」と言ってきた

「我々は現在はリーマンと呼ばれている。

ベルンハルト・リーマン創業の

いわゆる楕円幾何学グループなんだぞ。

またの名を球面幾何学とも言う。

平行線はすぐそこで交わるし、

三角形の内角の和は180度にならない。

あの一般相対性理論にも応用された、

ユークリッド幾何学だよきみ。

ボヤイ‐ロバチェフスキー創業の、

双曲幾何学とは友好的M&A成立済み。

これらは、ま、つまり詩だね。

きみ、聞いてるのかね?

続きを書いてるの? 

この、これ?

きみのは本当に愚にも付かないねえ」

グサアッ!

小生は返す言葉もない

 

 

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 大相撲珈琲場所

 

コーヒーをひと口飲んで

カップを皿に戻すと

バッチコーン!

右頬に張り手が飛んで来た

もうひと口飲んで

カップを皿に戻すと

バッチコーン!

今度は左頬に張り手が飛んで来た

ひるまず三口目を飲もうと

カップに手を伸ばしたら

中からセピア色の雲みたいなものが

もくもくもくもく湧いて来て

ヤッ トッ トゥ! ヤッ トゥ!

相撲取りの摺り足で前進しながら

私の胸や肩を突き押しして来る

おおっと! おっ? おおっ?

即座に立って応戦を試みたが

相手のマワシを掴むことはおろか

いなす余裕もまったく無かった

コーヒーショップのドア近くまで

突き押しして来た雲みたいなものは

間髪入れずに怒涛のがぶり寄り

最後にあびせ倒しをやられて

私は土俵から転落すると

大の字になって失神KO

両頬は無残に腫れ上がり

両眼も紫色のお岩状態

鼻血は飛び散るわ

唇はタラコ化するわで

いやはや散々である

「珈琲にぃしきぃ〜〜」

ウェイトレスのハルちゃんが

高らかに軍配を上げた

 

 

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 こんなところで

 

ベビーカーを押すお母さんが

コーヒーショップに入ってきた

乗っている赤ん坊は周囲への目配りが鋭い

スマホで大声で話している人がいたが

赤ん坊はまるでカメレオンみたいに

眼にも止まらぬ速さで舌を伸ばし

スマホを取り上げてしまった

取り戻そうと詰め寄った人は

赤ん坊の眼から照射された光線で

アヒルに変えられてしまった

ほわふらっくぅ〜と唸っている

お母さんは「まあダメよ」と言って

乳頭から解除液を噴射して人間に戻すと

「すいませんねぇ」

謝りながらスマホを返していた

こないだテレビの洋画劇場で

X-MENシリーズをやっていたけど

これが世に言う

ミュータント親子なのかっ!?

「ざ〜んねんでした」

お母さんが脱皮すると

中からコモドドラゴンが出てきた

と思ったらそれがまた脱皮して

「ジャーン!」と言いながら

プリマドンナ姿の父が出てきた

同じく赤ん坊が脱皮すると

ガラパゴスイグアナが出たあと

「おいらもう我慢ならねぇ!」

というセリフを反復練習しながら

一心太助の格好をした母が出てきた

あなた方はこんなところで

何やってるんですか?

 

 

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 九月の雨

 

今日は雨降り

九月に入って初めてだ

小雨から本降りになると

コーヒーショップの窓の外を

アノマロカリスが泳ぎ始めた

カンブリア紀の海棲生物だ

雨足がさらに増してゆき

ついにどしゃ降りになると

デボン紀肺魚三葉虫と一緒に

シーラカンスの群れが泳いでいる

まるで太古の水族館みたいだ

しばらく見惚れていると

雨足がいくぶん穏やかになり

窓の外はイモリやサンショウウオ

カエルのご先祖さんみたいな

怪体な姿の両棲類ばかりになった

さらに見続けていたら

雨がすっかり小降りになった

すると ドスン! ドスン!

T-レックスやトリケラトプス

ブラキオサウルスなどの恐竜が

駅前広場をのし歩いている

とうとう雨が上がり

空がカラリと晴れ渡ると

始祖鳥がひと声鳴いて

駅前広場の立木も大通りの街路樹も

カラフルな鳥達でいっぱいになった

囀り声がとっても心地よい

恐竜や両生類はいなくなったし

ずっとこのままだったらいいのに

だけどしばらく経つと

また空がどんよりと曇ってきた

鳥は平凡なスズメとハトだけになり

ヒヒとヒトが腕を組んで

駅前広場の噴水の前を歩いたり

バスに乗ったりしている

元に戻ったんだ

 

 

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 赤トンボ

 

夕焼け小焼けのコーヒーショップ

実を言うとそれほど

コーヒーが好きなわけじゃない

自らの「在る」を持て余しているのに

どうしていいのかさっぱり分からず

コーヒーでも飲むほかないのだ

趣味や嗜好や気晴らしなんてものは

だいたいそういうことだ

「なんならこんなコーヒーなんか

赤トンボにでもくれてやらあ〜っ!」

ヘンな人がいると思われてはマズイ

すっごい小声で叫んで顔を上げると

視野がこれまでとはまるで異なり

全方向に180度以上広がって見える

これは複眼による視覚世界?

私が赤トンボになってしまった

すると前のテーブルの女子高生達が

抜き足差し足で私の前にやって来て

人差し指でグルグルやりだした

キュ〜〜〜〜〜ポトッ

女子高生達はキャッキャ笑いながら

眼を回した私を指でつまんでは

しげしげと眺めて面白がっている

あ、シッポのあたりを撫でられると

あああ、とっても……気持ちいいな

こんなに気持ちがいいのなら

もうコーヒーなんかいらないや

そう思った瞬間ヒトに戻った

「ヘンな人がいるぅ!」

女子高生達は悲鳴を上げながら

店の外へ逃げて行った

なんなんだよ

コーヒーでも飲むか

 

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 『 トントラワルドの物語』

 

 コーヒーをひと口飲んで皿に戻し、窓の外を眺めていた

ら思い出したことがある。

 遠い昔、私が小学生の頃に読んだ『ばらいろの童話集』

のこと。ラング世界童話全集(東京創元社刊)の第二巻だ

った。

 この本に収録されていた、「トントラワルドの物語」と

いうエストニアの民話が、大人になってからもずっと忘れ

られなかった。

 編著者のアンドルー・ラングは、オックスフォードでは

J・R・R・トールキンやC・S・ルイスの先輩にあた

り、民俗学者にして作家であり、詩人でもあった。

 ある時、私は屋根裏の物置で埃まみれになっていた『ば

らいろの童話集』を見つけ出したが、それだけでは満足で

きず、Amazon.co.jpで洋書を注文した。「Andrew La

ng」で検索して……と、たぶんこの『The RED FAIRY

BOOK』だろう。

 ところが、送られて来た本の目次には、「トントラワル

ドの物語」らしきタイトルが見当たらない。それなら、と

『The CRIMSON FAIRYBOOK』を注文したが、こちら

の目次にも見当たらない。続けてPINK,ORANGEと、暖

色系のタイトルを順に注文してみたが、どれにも収録され

ていない。終いには面倒になり、残りの八巻を全部まとめ

て注文してしまった。やれやれ、出費が……(涙)。

 VIOLETの巻の目次を探していた時、あった!「A Tale

of the Tontlawald」。しかし英語が得意なわけでもな

い私は、今のところは邦訳を読み返しただけだ。

 

  広大な荒地の奥に、トントラワルドという、人々にと

 ても恐れられている森がある。

  いつもまま母に苛められていたエルザは、苺を摘みに

 行って荒地に迷い込み、そこでキシカという名の娘に出

 会う。

  キシカはエルザをトントラワルドの森へ連れて行き、

 森の女王に会わせた後、海を見たことがないエルザに、

 魔法のような方法を使って海を見せる。

  トントラワルドの女王は、髭の老人にエルザを象った

 土人形を作らせる。その胸に穴を開けて、一切れのパン

 と黒い蛇を入れ、エルザの血の付いた金のピンを突き刺

 すと、土人形はエルザそっくりの心の無い人間になり、

 まま母の元に帰って身代わりとして暮らす。

  一方エルザは、トントラワルドの住人達と、楽しい、

 夢のような生活をして過ごす。金のにわとり。小馬のよ

 うに大きな黒猫。欲しい物が何でも出て来るみかげ石。

 食べてはならない十三番目の料理。歳を取らないキシ

 カ。けれどもエルザは成長してゆく。

  とうとうやって来たお別れの日。鳥になって空を飛ん

 で行くエルザは、一本の矢に射抜かれて森に落ち、元の

 姿に戻る。すると馬に乗った王子がやって来て、森でエ

 ルザに会う夢を何度も見たと言う。やがてお妃になった

 エルザは、歳を取ってからこの話を皆に語った。

 

 私は海辺で育ったから、海の見えない国や、海を知らな

い少女のことを想像した。背丈よりも長い髭の老人や、土

人形と黒い蛇のくだりも印象的だった。不思議の森トント

ラワルド、エルザ、そしてキシカという名前の響きにも惹

かれたのだろう。青少年向けの比較的平易な英語なんだろ

うから、そろそろ辞書を片手に読んでみなくちゃなあ…。

 そうだ、今度ネットの何処かで、Kisikaをハンドルネー

ムにしようかな。白土三平の漫画に出てきた、アテカとい

う少女の名前も気に入ってるから、いずれどっちかを使お

う。女性の振りをするのも面白いかもな……だんだん想念

が取り留めなくなってきた。

 漫然と空を見ていた視線を駅前広場に戻す。今日も人々

は噴水の前を歩いて行く。鳩がいるあの街路樹はまるでお

話の木みたいだな。むかしむかし、あるところに……。

 再び飲んだコーヒーはすっかり冷めてしまっていた。

 

 

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*現在の東京創元社版『アンドルー・ラング世界童話集』

 第7巻「むらさきいろの童話集」

(「トントラヴァルドのお話」収録)監修:西村醇子