Foliage Poet

つたない詩の倉庫/推敲 ・ 改作 ・ 編集

詩集 Coffee Shopの物語 

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 プレリュード 

 

爽やかな初夏の朝

コーヒーショップの窓の外では

スズメ達が噴水に集まって

小さな翼をシャンプーしている

音大行きのバス乗り場では

客はバスの屋上に梯子で登り

ピアノを楽譜初見で弾かないと

乗せて行ってもらえないそうだ

ラヴェル先生が入試用に作曲した

『プレリュード』を上手く弾けない人は

スズメの冠婚葬祭のための祝い歌や

レクイエムを補習させられている

遠い昔 私も高校の体育館で

ローリング・ストーンズの曲の

イントロをトチったことがあるから

何処かで補習をすればよかったのに

放っといたらこんな歳になってしまった

今からでも遅くはないと思うけれど

あんなに好きだったギターもバンドも

とっくの昔にやめてしまった今となっては

いったい何を補習すればいいのだろう

すると 隣りのテーブルの老婦人が

私の手に彼女の手のひらをそっと重ねて

「あなたはもういいのよ」と言う

そう言われても私は納得できず

お金を取ってライブをやったことが

学校にバレて二週間の謹慎を喰らったことや

ストーンズの『Tell Me』が好きだった

不良の同級生の死のことを思い出していると

じんわりと涙が滲んできてしまった

老婦人はそんな私をさとすように

もう一度静かに繰り返した

「あなたはもういいのよ……」

しかし私は涙が止まらなかった

それからしばらくのあいだ

老婦人は私を優しく見守っていたが

最後にしみじみと独り言を呟いた

「でも、ストーンズ

あの超簡単なイントロをトチるなんて……」

最終的な自制の糸がぷつと切れ

私はテーブルに突っ伏して嗚咽し始めた

「傷つきやすいんだから……」

『プレリュード』が流れるバス乗り場では

みんな早くしてくれないかなあと

運転手が大アクビしていた

  

 

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 石狩挽歌

 

コーヒーショップに夏が来て

向かいの席の女子高生が

ブルーソーダを飲み始めた

青い液体をストローでチュー

コップの中身が減っていくにつれ

女子高生は足先から海になっていく

水位は下腿から太ももへ

お尻からウエストへ胸へと上昇し

ブルーソーダを飲み干した時には

頭のてっぺんまで真っ青な海になった

途端にバッシャーン! 身体が崩れて

海水が一気に床へ流れ落ちた

店内はたちまち一面の海になり

セーラー服がゆらゆら浮かんでいる

客達は取りあえず泳ぎ始めた

太陽と月と地球の運動により

潮汐と潮流の循環が始まり

セーラー服が沖へ流されて行く

海猫がミャーミャー鳴きながら

セーラー服を追って飛んで行く

すると鳴き声を聴いたウェイトレスが

バタフライしながら唄い出した

(海猫〈ごめ〉ぇが鳴くからぁ、ニシンが来るとぉ~)

かなりこぶしの効いた「石狩挽歌」だ

私は背泳で海猫を空に見送りながら

(赤ぁい筒袖〈つっぽ〉のぉ、やん衆がさぁわぐぅ~)

精いっぱいのこぶしで応えた

他の客達もクロールや平泳ぎをしながら

一人二人と合唱に加わってくる

(あれからニシンはぁ、どこへ行ったやらぁ~)

こぶしの効きまくった全員の大合唱だ

セーラー服はどこへ行ったやら~

私は立ち泳ぎになると

水を蹴りつつ腕組みして考えた

(オンボロロ~、オンボロボ~ロロォ~)

このぶんだと次の曲は

「兄弟船」がいいかも知れん

  

  ※( )内は『石狩挽歌』の歌詞。

   なかにし礼さんドウモスイマセン。

 

 

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 風と共に去りぬ

 

コーヒーを飲んでいると

窓に伝書鳩が降りてきた

うん? 私に宛てて?

指にパン屑を乗せて差し出すと

小さな嘴でせわしく啄ばんでくる

ふふ 可愛いやつ

光沢のある胸を撫でてやると

ククルルと喉を鳴らす

足に付けてあるアルミの円筒から

通信文を取り出して読んでみよう

どれどれ

「あなたに伝えることは何もありません」

丸文字で書いてある

はて? 誰が私にこんなことを?

一人でいぶかっていると

「あんたに伝えることなんかないよ」

伝書鳩がややイケズな口調で言う

はあ? それにしてもいったい誰が?

「おまえに伝えることなんかない!」

ついにおまえ呼ばわりでダメ押しだ

その時 窓の外のすべての風が

空のいちばん高いところへ向かって

大急ぎで駆け昇り始めた

伝書鳩は焦った顔になってもう一度

「てめえに伝えることなんざねえっ!」

吐き捨てると

風と共に飛び去った

 

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 春のキャンペーン

 

トーストセットを注文すると

今は春のキャンペーン期間中だそうで

赤い三角くじを引かされた

「お目出とうございます。当選です」

グラマラスなウェイトレスが言うには

姪っ子が一人当たったのだそうだ

長い間会ってないなぁ……

テーブルに着いて待っていると

ずいぶん成長した姪っ子が現れた

うんうん可愛くなったじゃないか

ふふ 胸もふくらんできているな

私はなんだか気分を良くして

姪っ子の顔にマーガリンを塗りたくり

ペタッ! 額にぽち袋を貼り付けてやった

それはいいとして 今日はあの

グラマラスなウェイトレスが気になるな

つい胸やお尻をチラ見してしまう

おお またこっちにやって来るぞ

至近距離まで来るとこれがまた……わおぅ!

「本日は母親もサービスになっております」

グラマラスなウェイトレスがそう言うと

後ろから信玄袋を下げた母親が現れた

「げっ、おふくろ!」

私は慌ててテーブルの下に潜り込んだ

「頭隠して尻隠さずじゃ。いつまでたっても

あんたは尻たぶらの青いのが消えんけのう」

母親はテーブルに信玄袋を置くと

私のズボンの臀部をガバと下げ

むき出しのお尻に苺ジャムを塗り始めた

「勘弁してくれよ〜」

私はテーブルの下から這い出ると

うな垂れながら椅子に座り直した

「いつまでたっても甘えんぼさんじゃけのう」

母親は私の顔に苺ジャムを塗りたくっている

ぽち袋を貼ったら早く帰ってくれ

「そがなもんはない!」

 

 

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 牛

 

コーヒーにミルクを垂らし

スプーンでかき混ぜると

渦の中から喋り声が聴こえてきた

「明日はゴミ出しの日だよ」

うるさいなあ分かってるよ

と思いながらカップを覗くと

超小型の牛が泳いでいる

スプーンで取り出してやると

小さくても豊満なおっぱいから

ミルクがぴゅるぴゅる出続けている

おっとトレーの外にこぼさないよう注意

すると隣りの客がこっちを見て

「ああ、また牛が出ましたか。

私は家内に捨てさせましたよ」と言う

「明日はゴミ出しの日だよ」

牛は同じことを繰り返している

「それじゃあいったん持ち帰って

明日ゴミ収集場所に出すとしましょう」

牛は急にミルクを止めると

かなり焦った顔になって

「明日はゴミ出しの日じゃないよ」

今度はそう言い出した

私は聞えよがしに隣りの客に言った

「じゃ〜あ明日はすき焼きの日ですなあ」

「ほう、そりゃいいですなあ」

「うわははははは」

顔を見合わせて大笑いしていると

牛はひと言「グスン」と呟いた

ごめん

冗談ですジョーダン

 

 

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 奈落へ

 

コーヒーをひと口飲むと

下腹部に非常に強い便意が襲ってきた

そう言えば今日は朝方から

何となくお腹が妙な具合ではあった

この店では駅構内のトイレに行くしかない

けっこう遠いんですよこれが

ふうぅ〜 何とか治まったようだから

我慢して自宅に帰ってゆっくりと……

すぐにまた強烈な便意が戻ってきた

うううぅ〜〜ぐむむううぅぅ〜

「ランチセットお待ちの方!」

ウェイトレスのカン高い声が今日は癪に障る

それより前のテーブルでお喋りしている

女子高生達に感付かれてはならない

上体が左斜め前屈約四十五度に固まるので

パソコン画面に見入る振りをする

ふうぅ〜 いくぶん治まってきたが

あぶら汗を拭うお手ふきを取ろうと

身体を少し動かしたとたん

またまたグググゥと鋭く刺し込む感覚

おのれぇ! もう辛抱たまらん!

意を決して席から立とうとした瞬間

なぜか顎関節が脱臼した(アゴはずれた)

次に左右の肩関節がはずれ

左右の股関節もはずれ

という具合に次々と

上は環椎後頭関節から

下は恥骨結合や足指の関節まで

全身の関節と骨結合がはずれていく

最後に頭蓋骨の縫合が分離しだしたが

つけ足しに両の眼玉が跳び出して

ヨダレ垂れ流し状態の口のあたりまで

ダラリとぶら下がった

ああ 私もうダメ 立てない

椅子に放置された越前クラゲが

さらにドロドロに液状化したような気分だ

その時 轟音と共に床が陥没して

周囲の客が驚いている中

私は凄いスピードで

椅子ごと地中深く落下して行く

排便関係の神経や肛門括約筋は健在なのか

激しい便意だけは変わらず襲ってくる

こうなったらいっそのこと

ど派手に炸裂しちゃった方がいいと思う

奈落へ落ちて行くというのは

なかなか得難い体験ではあるが

トイレの後にしてくれた方が良かったと

私としては言わざるを得ない!

 

 

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 夏祭り

 

コーヒーショップで冷コ中

窓の外ではトウモロコシが

半被を着てイカ下足を焼く夏祭り

駅前広場に設営された

野外ステージではカラオケ大会

たまにはこういうのもいいな

近くの信用金庫のOLが

敏いとうとハッピー&ブルー

『ぎんざのお地蔵さん音頭』

(S.55 キャニオン)を歌うと

スイカが裸足で逃げ出した

続いてケアハウスなごみの事務長が

森雄二とサザンクロスの

『母性本能』(S.53 クラウン)を歌うと

タイ焼きが身悶えして衣を脱ぎ捨て

あんこを投げ付けて抗議している

よりによって二人続けて

オンチにも程というものがある

とどめはOLと事務長のデュエット

和製ラブマシーン・ポピーズの

『ソウル恋泥棒』(S.52 東芝)だぁ?

なんか知らんがとにかく阻止せねばと

ナイフを持ってステージに乱入した

紅顔の右翼少年Zを羽交い絞めにして

かき氷が早まるなと説得し

公安警察もステージの裏で動いたが

OLのストッキングが

耐え切れずに爆発したので

みんなは人形のようにパタンと倒れ

山河は騒ぎ 海は裏返り

タライから金魚が跳び出して

ぜんぶ死んだ


 

 

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 あんた誰?

 

土曜日の午後

コーヒーショップに子象が入ろうとしたが

ドアに胴体がはさまって

そのまま動けなくなってしまった

店の外から象使いの少年と通行人が

しっぽを掴んでエイヤッと引っ張っている

店内からは客達と店のスタッフが

子象の頭を押しているがびくともしない

それでもウェイトレスが注文を聞くと

子象は「ぼくカフェ・オレ!」と答えた

やがて運ばれて来たカフェ・オレを

子象は長い鼻を使って口の中に流し込んだ

と思ったら胴体を荒っぽく引き抜いて

びっくりしているみんなを尻目に

大通りの向こうへ一目散に逃げて行く

「あ、こら、待てーっ!」と叫びながら

象使いの少年が後を追って走って行く

「お客さんお勘定!」と叫びながら

ウェイトレスも追いかけて行く

やがて彼らの姿は見えなくなり

後には大破したドアだけが残った

店内は平常状態に戻り

客達がなごやかに談笑している

さてしかし 私の見るところでは

この一部始終がどっかおかしいぞ

子象と少年がグルなのは言うまでもないが

通行人や客達の善意の協力者ぶりや

驚いた様子もすごくわざとらしかったし

実は少年とデキてるウェイトレスはもとより

他のスタッフだってなんか怪しいぞ

すべてが私をターゲットに

示し合わせた演技なのは明々白々

それならばこの街で この世界で

ただ一人こんなヤラセを見せられている

私ってば いったい誰なのかしら?

すると 大通りの向こうの

ボール紙製のビルディングをバリッと破って

子象がいぶかしげな顔を覗かせると

私に向かって叫んだ

そうよそれよ! あんた誰?

 

 

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 九官鳥

 

今日はコーヒーショップで

売買契約を結ぶことになっている

しかしコーヒーをひと口飲んだ途端

売るのだったか買うのだったか

金額はどのくらいで

そもそも誰と何を売買するのか

きれいさっぱり忘れてしまった

まあいいや だけど

何となく気分がスッキリしない

ふいに至近距離から視線を感じたので

となりのテーブルを見ると

鳥類行商人が双眼鏡を眼に当てて

じっとこちらをウォッチしている

私はとても腹が立ったので

強い口調で文句を言った

「きみ、失礼じゃないかっ!」

すると鳥類行商人は

「なにおぅ、このケンカ買った!」

威勢よくそう言うと

鳥籠から売買契約書を出してきた

そうそう思い出した

私はあわてて署名と捺印をし

九官鳥を一羽手に入れたが

頭に特大のたんこぶを作ってしまった

「ちょっとお勉強し過ぎたね」

九官鳥が笑った

 

 

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 THE WIND BEGAN TO HOWL

  

白いコーヒーカップが

モジモジしている様子なので

どこか痒いのかと思い

指先でひとしきり掻いてやった

すると紫色の煙が立ち昇り

ケータイの着信音みたいな

安っぽいファンファーレと共に

ジミヘン魔神が姿を現わした

願いごとを叶えてくれるらしい

だったらさえないファンファーレを

あのウッドストックで演奏した

『スター・スパングルド・バナー』に

変えてもらえないか頼んでみよう

すると前のテーブルの町内会長が

「ジミヘンなら『紫のけむり』だぞ」

それが当然のような口調で言う

隣りのテーブルのセールスマンは

「『ブードゥー・チャイルド』の方が

タイトルが魔術っぽくていいな」と言う

「そういうことなら『スパニッシュ・

キャッスル・マジック』もありますわ」

と奥のテーブルの人妻けえ子

「私は『リトル・ウィング』がいいわ。

フィギュア・スケートの音楽にも

こないだ使われてたじゃない?」

これはレジを打つウェイトレス

「『リトル・ウィング』のイントロは

おとなし過ぎると思うけどなあ」

パンを焼きながら疑問を呈する店長

「じゃあデレク&ドミノスがカバーした

『リトル・ウィング』のイントロなら、

けっこう華々しい感じだし、いいかも」

私が小倉パンをパクつきながら言うと

「ああ、エリック・クラプトンね!

ジミヘンよりずっとハンサムだわぁ……」

うっとり顔のウェイトレスとけえ子

この発言が決定的にまずかった

すっかりつむじを曲げたジミヘン魔神は

ケータイの着信音みたいな音と共に

瞬く間に消え失せてしまった

私がいくらコーヒーカップを掻いても

二度と現れることはなかった

こりゃあマズったわいと一同

ルックス関係はタブーだったのか

でもジミヘン格好いいけどなぁ

ライバル意識の問題ですわ

みんなで万感胸に迫っていたら

カップの中で風が吠え始めた

『ウォッチタワー』の最後の歌詞だ

The Wind Began To Howl !

 

(ギターソロでフェイドアウト)

 

 

※「 ウォッチタワー」=正しくは「 All Along The Watchtower」( ボブ・ディランの曲のカバー) 

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 ドキがむねむね

 

毎日コーヒーショップに来ては

テーブルにノートPCと書類を広げて

何やら書いたり考えたりしている

メスのニワトリがいる

近くのオフィスに勤めているのだろう

赤いトサカがよく目立つから

来ていることがすぐにわかる

今日はトーストセットを注文したようだ

ゆで卵が付いているけど

スーツ姿のキャリアニワトリが

共食いになるゆで卵を食べるのかどうか

食べるならどんなふうに食べるのか

気になって仕方がない

きょときょと動く眼やトサカを

ついじっと見つめてしまいそうになる

しかしお互い大人のオスとメス

不適切な関係が生じてはいけないな

だけど時には冒険も……

うんにゃイカンいかん!

けどこの胸のときめきは……

こらこら妻子持ち!

あ、ついにゆで卵を……

眼が合ってしまった!

心なしか濃い流し眼か?

いけませんってば!

あわてて眼をそらすと

コホンとひとつ咳払いをして

コーヒーを飲んだ

あ〜ドキドキしたぁ

 

 

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 リーマン

 

お昼過ぎには

スーツ姿のサラリーマンが多い

コーヒーショップでほっと一息だね

みんなノートパソコンを開いて

液晶画面を覗きながらコーヒーを飲む

私のはもっと小さいミニノートパソコン

こんどSerfaceあたりに買い替えようかな

いいでしょ 仕事用じゃないもんね

えっへん 詩を書いておるのだぞ

なんてお仕事中ごめんなさいっ!

愚にも付かないことをコソコソと……

ここまで書いてコーヒーを一口飲むと

隣りのテーブルのサラリーマンが覗き込んで

「きみ、それは違うよ」と言ってきた

「我々は現在はリーマンと呼ばれている。

ベルンハルト・リーマン創業の

いわゆる楕円幾何学グループなんだぞ。

またの名を球面幾何学とも言う。

平行線はすぐそこで交わるし、

三角形の内角の和は180度にならない。

あの一般相対性理論にも応用された、

ユークリッド幾何学だよきみ。

ボヤイ‐ロバチェフスキー創業の、

双曲幾何学とは友好的M&A成立済み。

これらは、ま、つまり詩だね。

きみ、聞いてるのかね?

続きを書いてるの? 

この、これ?

きみのは本当に愚にも付かないねえ」

グサアッ!

小生は返す言葉もない

 

 

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 大相撲珈琲場所

 

コーヒーをひと口飲んで

カップを皿に戻すと

バッチコーン!

右頬に張り手が飛んで来た

もうひと口飲んで

カップを皿に戻すと

バッチコーン!

今度は左頬に張り手が飛んで来た

ひるまず三口目を飲もうと

カップに手を伸ばしたら

中からセピア色の雲みたいなものが

もくもくもくもく湧いて来て

ヤッ トッ トゥ! ヤッ トゥ!

相撲取りの摺り足で前進しながら

私の胸や肩を突き押しして来る

おおっと! おっ? おおっ?

即座に立って応戦を試みたが

相手のマワシを掴むことはおろか

いなす余裕もまったく無かった

コーヒーショップのドア近くまで

突き押しして来た雲みたいなものは

間髪入れずに怒涛のがぶり寄り

最後にあびせ倒しをやられて

私は土俵から転落すると

大の字になって失神KO

両頬は無残に腫れ上がり

両眼も紫色のお岩状態

鼻血は飛び散るわ

唇はタラコ化するわで

いやはや散々である

「珈琲にぃしきぃ〜〜」

ウェイトレスのハルちゃんが

高らかに軍配を上げた

 

 

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 こんなところで

 

ベビーカーを押すお母さんが

コーヒーショップに入ってきた

乗っている赤ん坊は周囲への目配りが鋭い

スマホで大声で話している人がいたが

赤ん坊はまるでカメレオンみたいに

眼にも止まらぬ速さで舌を伸ばし

スマホを取り上げてしまった

取り戻そうと詰め寄った人は

赤ん坊の眼から照射された光線で

アヒルに変えられてしまった

ほわふらっくぅ〜と唸っている

お母さんは「まあダメよ」と言って

乳頭から解除液を噴射して人間に戻すと

「すいませんねぇ」

謝りながらスマホを返していた

こないだテレビの洋画劇場で

X-MENシリーズをやっていたけど

これが世に言う

ミュータント親子なのかっ!?

「ざ〜んねんでした」

お母さんが脱皮すると

中からコモドドラゴンが出てきた

と思ったらそれがまた脱皮して

「ジャーン!」と言いながら

プリマドンナ姿の父が出てきた

同じく赤ん坊が脱皮すると

ガラパゴスイグアナが出たあと

「おいらもう我慢ならねぇ!」

というセリフを反復練習しながら

一心太助の格好をした母が出てきた

あなた方はこんなところで

何やってるんですか?

 

 

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 九月の雨

 

今日は雨降り

九月に入って初めてだ

小雨から本降りになると

コーヒーショップの窓の外を

アノマロカリスが泳ぎ始めた

カンブリア紀の海棲生物だ

雨足がさらに増してゆき

ついにどしゃ降りになると

デボン紀肺魚三葉虫と一緒に

シーラカンスの群れが泳いでいる

まるで太古の水族館みたいだ

しばらく見惚れていると

雨足がいくぶん穏やかになり

窓の外はイモリやサンショウウオ

カエルのご先祖さんみたいな

怪体な姿の両棲類ばかりになった

さらに見続けていたら

雨がすっかり小降りになった

すると ドスン! ドスン!

T-レックスやトリケラトプス

ブラキオサウルスなどの恐竜が

駅前広場をのし歩いている

とうとう雨が上がり

空がカラリと晴れ渡ると

始祖鳥がひと声鳴いて

駅前広場の立木も大通りの街路樹も

カラフルな鳥達でいっぱいになった

囀り声がとっても心地よい

恐竜や両生類はいなくなったし

ずっとこのままだったらいいのに

だけどしばらく経つと

また空がどんよりと曇ってきた

鳥は平凡なスズメとハトだけになり

ヒヒとヒトが腕を組んで

駅前広場の噴水の前を歩いたり

バスに乗ったりしている

元に戻ったんだ

 

 

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 赤トンボ

 

夕焼け小焼けのコーヒーショップ

実を言うとそれほど

コーヒーが好きなわけじゃない

自らの「在る」を持て余しているのに

どうしていいのかさっぱり分からず

コーヒーでも飲むほかないのだ

趣味や嗜好や気晴らしなんてものは

だいたいそういうことだ

「なんならこんなコーヒーなんか

赤トンボにでもくれてやらあ〜っ!」

ヘンな人がいると思われてはマズイ

すっごい小声で叫んで顔を上げると

視野がこれまでとはまるで異なり

全方向に180度以上広がって見える

これは複眼による視覚世界?

私が赤トンボになってしまった

すると前のテーブルの女子高生達が

抜き足差し足で私の前にやって来て

人差し指でグルグルやりだした

キュ〜〜〜〜〜ポトッ

女子高生達はキャッキャ笑いながら

眼を回した私を指でつまんでは

しげしげと眺めて面白がっている

あ、シッポのあたりを撫でられると

あああ、とっても……気持ちいいな

こんなに気持ちがいいのなら

もうコーヒーなんかいらないや

そう思った瞬間ヒトに戻った

「ヘンな人がいるぅ!」

女子高生達は悲鳴を上げながら

店の外へ逃げて行った

なんなんだよ

コーヒーでも飲むか

 

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 『 トントラワルドの物語』

 

 コーヒーをひと口飲んで皿に戻し、窓の外を眺めていた

ら思い出したことがある。

 遠い昔、私が小学生の頃に読んだ『ばらいろの童話集』

のこと。ラング世界童話全集(東京創元社刊)の第二巻だ

った。

 この本に収録されていた、「トントラワルドの物語」と

いうエストニアの民話が、大人になってからもずっと忘れ

られなかった。

 編著者のアンドルー・ラングは、オックスフォードでは

J・R・R・トールキンやC・S・ルイスの先輩にあた

り、民俗学者にして作家であり、詩人でもあった。

 ある時、私は屋根裏の物置で埃まみれになっていた『ば

らいろの童話集』を見つけ出したが、それだけでは満足で

きず、Amazon.co.jpで洋書を注文した。「Andrew La

ng」で検索して……と、たぶんこの『The RED FAIRY

BOOK』だろう。

 ところが、送られて来た本の目次には、「トントラワル

ドの物語」らしきタイトルが見当たらない。それなら、と

『The CRIMSON FAIRYBOOK』を注文したが、こちら

の目次にも見当たらない。続けてPINK,ORANGEと、暖

色系のタイトルを順に注文してみたが、どれにも収録され

ていない。終いには面倒になり、残りの八巻を全部まとめ

て注文してしまった。やれやれ、出費が……(涙)。

 VIOLETの巻の目次を探していた時、あった!「A Tale

of the Tontlawald」。しかし英語が得意なわけでもな

い私は、今のところは邦訳を読み返しただけだ。

 

  広大な荒地の奥に、トントラワルドという、人々にと

 ても恐れられている森がある。

  いつもまま母に苛められていたエルザは、苺を摘みに

 行って荒地に迷い込み、そこでキシカという名の娘に出

 会う。

  キシカはエルザをトントラワルドの森へ連れて行き、

 森の女王に会わせた後、海を見たことがないエルザに、

 魔法のような方法を使って海を見せる。

  トントラワルドの女王は、髭の老人にエルザを象った

 土人形を作らせる。その胸に穴を開けて、一切れのパン

 と黒い蛇を入れ、エルザの血の付いた金のピンを突き刺

 すと、土人形はエルザそっくりの心の無い人間になり、

 まま母の元に帰って身代わりとして暮らす。

  一方エルザは、トントラワルドの住人達と、楽しい、

 夢のような生活をして過ごす。金のにわとり。小馬のよ

 うに大きな黒猫。欲しい物が何でも出て来るみかげ石。

 食べてはならない十三番目の料理。歳を取らないキシ

 カ。けれどもエルザは成長してゆく。

  とうとうやって来たお別れの日。鳥になって空を飛ん

 で行くエルザは、一本の矢に射抜かれて森に落ち、元の

 姿に戻る。すると馬に乗った王子がやって来て、森でエ

 ルザに会う夢を何度も見たと言う。やがてお妃になった

 エルザは、歳を取ってからこの話を皆に語った。

 

 私は海辺で育ったから、海の見えない国や、海を知らな

い少女のことを想像した。背丈よりも長い髭の老人や、土

人形と黒い蛇のくだりも印象的だった。不思議の森トント

ラワルド、エルザ、そしてキシカという名前の響きにも惹

かれたのだろう。青少年向けの比較的平易な英語なんだろ

うから、そろそろ辞書を片手に読んでみなくちゃなあ…。

 そうだ、今度ネットの何処かで、Kisikaをハンドルネー

ムにしようかな。白土三平の漫画に出てきた、アテカとい

う少女の名前も気に入ってるから、いずれどっちかを使お

う。女性の振りをするのも面白いかもな……だんだん想念

が取り留めなくなってきた。

 漫然と空を見ていた視線を駅前広場に戻す。今日も人々

は噴水の前を歩いて行く。鳩がいるあの街路樹はまるでお

話の木みたいだな。むかしむかし、あるところに……。

 再び飲んだコーヒーはすっかり冷めてしまっていた。

 

 

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*現在の東京創元社版『アンドルー・ラング世界童話集』

 第7巻「むらさきいろの童話集」

(「トントラヴァルドのお話」収録)監修:西村醇子