Foliage Poet

つたない詩の倉庫/推敲 ・ 改作 ・ 編集

詩集 プロミネンス ( 未完)

 

 

 賛歌 

  

 ダダ漏れのDark Matter 鉛色の重力

街を歩いてもアスファルトに走る無数の亀裂

から滲み出てくる闇を見つめるだけだ

 

   ああ この皮膚がすべて剥がされても

  感じているか? 動いている 動いてい

   る 闇の中を 蠢く者がいる

  おう 耳孔でウラン弾が爆ぜようとも

   聴こえているか? 無限に遠く 無限

  に近い 闇の中で 囁く者がいる

 

 押し黙った孤独な獅子の心音を聴く

どこか森閑とした場所で赤ん坊がむずがって

いる

 

  夜の木立の奥の

  沈殿する闇の中に

  おまえは確かにいた

 

 跳べ、戦慄へ、永い微睡みの季節が終わり

喉元に憑くニューロンを氷の舌で研ぐ 散ら

かった時間の魚達を砂漠に葬り 増殖する網

の目に溶けて行く世界を迫撃する

 

  天幕の裏側で

  子供達が

  クスクス笑っている

 

 凍原は静謐のうちに発火して 崩壊へと多

重に揺らぐアーキテクチャーの間を おまえ

の光跡が駆け抜けるとき 真昼の青空いっぱ

いに ディアスポラの星達が瞬き始める

 

   そして

  いま

 湧き上がる群雲を掻き分けて

 

夏がやって来た

  

 脈動する色彩の

 跳躍する祝祭の

 

血よりも凶暴な夏だ

  

 

 

 プロミネンス 

 

いつもすでに記憶だった夏の日に

俺は裸体を晒した少年少女達と

沖合を鳥が群がる海を見たかったが

だれひとり気付かぬうちに

海原を舐めて広がる火の言葉に焼かれた

熱気だけが渦巻く無音の嵐に

真夜中の街路樹の果実は金色に弾け

白昼の都市はあらゆる場所で錯乱した

見ろよ水平線を 待ち焦れた空を

天空の片隅に鳥達を追いやって

西から東へ視野いっぱいに

燃え上がる紅炎のアーチ

星々が何億年も語り継いできた

青白い水母のような蜃気楼を

無数の真っ赤な蛇の舌で

メラメラと焼き尽くすプロミネンス

あらゆる屍骸は透明なまま

氷の島弧に沿ってひび割れた海溝に深く沈む

きのうお前は廃棄された黒い砂漠に欲情したか?

俺は疾走する光の森から滴り落ちる樹液に

眠りのように溶けてゆく都市を舌で愛撫した

あしたお前は海縁に立つ暗い工場の

砕けたセラミクスと精密機械の破片に混じって

アホウみたいに嗤う蝸牛の殻を踏み拉くのか?

俺はこの都市に何百万年も堆積して

磁気浮上式リニアの高架の下に埋まっている

悪辣なヒトデの化石を掘り起こすと

無の戦術核を仕掛けて派手に爆破する

そうして月光をキラキラと反射しながら

永遠に干満を繰り返す海原に抱かれて

思い思いに裸体を翻す少年少女達と愛し合う

それが俺達の夏だ

血よりも凶暴な夏だ

にじみ出る汗と混ざり合って

頤から滴り落ちる椰子の果汁を手で拭うと

俺は自らに独り言を呟くことを

輝かしく禁止する

 

  

 

 金属の目録 

 

金属の目録に眼を通した

あらゆる色彩がひび割れる時刻に

百万年かけて落下する思考の速度で

 

澱んだ大気の底に広がる地衣類のような

無数の金属の結晶が犇めく都市の上空から

走査電子顕微鏡の稠密な眼差しが

ヒトや獣や樹木や建物を舐め回した跡に

無感動の水位が上昇してゆく

 

この世界が確実に一人ぼっちなのは

そのためなのか?

 (誰の所有というわけでもなく)

 

あなたはそれを彫金細工に仕立て上げ

にぎやかな観光地の街頭で

晴れやかな顔をした人たちを相手に

僅かばかりの値段で売ろうというのだ

 (けれど私は雑踏を離れて……)

 

やがて 夜になったら

あの星の海を臨む造船所へ行こう

赤や緑やオレンジ色の光が点滅する

背の高いクレーンを見に行こう

 

何も書かれていない目録の

漆黒のページから零れ落ちてくる

金属たちと戯れながら


  

 

 地の星 

 

影は次々と

落ちてきて

重なって

離れて

あおい時間も

ふじいろの空間も

あなたの指で

押し広げられて

そんなふうにして

世界はできあがり

あなたが残した

古い写真の

風景のように

どこか遠いところで

うすく結像する

 

地平線の向こうに

昇ってゆく

痩せた月まで

湾曲しながら続く

舗道を一歩

また一歩

踏みしめながら

吐く息は

塩のように白い

 

ぼくの声は

どこまで届くのだろう

ぼくの声は

すぐに消えるのだろう

そして遠い未来に

知らない惑星の上で

息を吹き返し

真空の中を

空想画の岩山に

ぶつかっては

墜ちて行くに違いない

 

敷石を踏む

ぼくの靴の下で

眠っている

地の星たちよ

さあ 静かに

眼を覚ませ

そしてこの街を飾れ

クリスマスの樅の木の

イルミネーションのように

 

遠くで誰かが歌っている

この街ではみんな

赤い靴を履きなさい

歩道から建物へ

建物から階段へ

階段から橋へ

きみのもとへ

遠ざかる靴

近づく靴

昇る靴

降りる靴

斜めに横切る靴

踵を返す靴

目覚めてゆく地の星

 

そんな映像が

夢の中の

あなたの横顔とともに

一瞬のあいだ閃く

 

濃紺の天空から

ひそやかな笑みを漏らしながら

決して聴こえることのない音たちが

雪になって舞い降りてくる

 

彼らと一緒に

街を飾る地の星たちが

螺旋を描いて踊り出さないよう

管理すること

それがぼくの仕事だ


 

  

 晩秋 

 

南へ向かう鳥達が

薄色の空に溶けて行った

 

きみは衣装棚から

厚い上着を出してきて

胸元に飾った小さな憧れを

そっと隠した

 

子犬が地層の匂いを嗅いでいる

鳥の化石に恋をしたんだ

 

 

  

 鬼 

 

世界の最果ての部屋で

無音のテレビが瞬いた

 

鬼が私を探しに来る

緋色に染まった夜の海から

シルクの魚雷に跨って

 

鳥は巣で寝返りを打ち

子供は母に抱かれて眠る

 

  

 

 遠く暗い街 

 

 

 

目を瞑って

灰の砂漠を

食べていると 

こころは徐々に

ひからびて 

ちっぽけな

雲塊になって 

コトコト笑う

鳥の頭蓋に

埋め込まれる

 

鳥のくさめ

いや、くしゃみで

ポスンと

吐き出されたこころは

夜露を吸って

ジュワッと膨らんで

星雲になって

スピンを始めるけれど

暗黒エネルギーの

不足により

失速しちゃって

淋しい鉱石が

身を寄せ合う 

晶洞都市に

きり揉みしながら

墜ちてゆく

 

なし崩し的に

錆びてゆく時間が

散らばった

こころと

散らばった

星々と

砕かれた水晶の

破片のうえに

銀の煤を降らせ

すべてのモノは

銀色の樹木になってゆく

 

たちまち

生い茂った

樹木の枝の向こうに

透けて見える

夜空と

遠く暗い街

 

たくさんの

人々の影が

幽霊のように

さまよっては

夏至の宵の

蛍のような

僅かばかりの

こころの糧を

分け合っている

 

みんなは

何処から

逃げて来たのだろう

みんなは

どうしてあんなに

踵を返し続けるのだろう

  

 

 

禿げ頭のてっぺんに

冠羽が三・四本

ピンと

立ちやがった鳥が

きょときょと

あたりを見回して

液晶の夜が

捩じれてゆく

遠く暗い街

 

夜の向こう側では

水の中で

死んで行った者たちが

幸せそうな顔をして

笑っている

 

街のこちら側では

水鏡のある広場で

子供達が

輪になって遊んでいる

それは

永遠に繰り返される

 

夜の捩じれは

巨大な渦になり

回転を速めて

そのうちみんなは

流れ去る闇に

逆撫でされた

顔のままで

世界旅行に出かける

 

遠く暗い街

夜の

液晶の

この

文字列の

この

これ

これ

視ている

わた

しし

 

ししし

かし

かしいい

いいっ

いっ

いった

いそっそ

そそれがな

なななな何だっ

いててっ、

いいっ

い言うんだ

 

  

 

 あおい国 1 

 

ぼくはいつも

あおい国を探している

 

仕事場へ向かう朝の舗道で

灰色の敷石の

一つ一つの継ぎ目から

あおが立ち昇る

 

草原の朝露たちが集まって

小川になり大河になって溶けて行く

あの海原のようなあお

 

昼の郵便局に続く歩道で

フウの木の葉っぱの

一枚一枚のあいだから

あおが流れ出す

 

海原を泳ぐイルカの群れが

羽根を生やして飛び立って行く

あの大空のようなあお

 

夜になって

きみと囲むささやかな食卓

見てごらん窓の外では

しんしんと

あおが降り積もっている

 

みんな みんな

あおい国からやって来るんだ

 

待ち侘びた夜明けの日に

まだ生まれていないきみとぼくが

なつかしそうに出会うところ

あおい国

 

ぼくはいつも

探している

 

  

 

 あおい国 2 

 

巡り来る日々と

ぼくらの幼い憧れとの隙間から

木洩れ日のように降り注ぐ光

 

聴こえて来るだろう?

光の後ろ側の国から

あの/弾む息が

リズミカルなステップが/

 

国境線で

少女がなわ跳びしている

 

 /あや跳び

 

迷子になった憧れの名を呼び

鉛色の夜に吐くぼくらのため息を

サファイア色の星に変えて

 

 こうさ跳び/

 

星は夜明けの空へ溶けて行き

朝霧に覆われた海を晴らす風になって

千の歌声と共に還って来る

 

 /かけ跳び

 

昼の都市を駆け抜ける風の歌

千の言葉の中から 憧れの名を聴き分けた時

ぼくらは遂に はぐれた憧れと巡り会う

 

 はやぶさ!/

 

憧れは美しい夕星の花嫁に変わり

ぼくらはあおい影を持つ青年になって

花嫁に被せる ラベンダーの花冠

 

 /ふたり跳び

 

さあ 二人でなわの片方を持ち合って

一緒に跳ぼう 国境線を越えるんだ 

未生からの約束の地 あおい国へ

 

(少女がクスクス笑って祝福している)

 

ぼくはいつも

あおい国を探している

 

国境線で

少女がなわ跳びしている国だ

 

  

 

 発端 

 

海が

めくれてゆく

いくつもの

いくつもの

海が

めくれて

岸壁から

追い縋って

宙を泳ぐ指先に

紫貝のように

閉じる音楽

 

 母は海に還ったのだ

 

街が

たわんでゆく

ゆったりと

ゆったりと

街が

たわんで

給水塔の

遥か遠くで

軋む地平線から

蜃気楼のように昇る

やわらかな胸

 

 君は横たわる街だった

 

空が

ふってくる

はらはらと

はらはらと

空が

ふって

積乱雲に群がる

海月のように

闇を舞う

ことばの群れを

置き去りにして

おまえは

 

 焼け焦げた砂漠の縁を歩け

 

ことばは

剥がされる

ことばは

流される

夥しい数の

ことばが

螺旋を描いて

真っ青な泥の層の

さらに下層の

水底に広がる赤い空を

吹き荒ぶ風にさらわれて

迷子の呟きとなり

発端に置かれる

 

 いったい

 どれだけの街を喪い

 どれだけの空と海を

 葬送したのか

 

意味は渦を巻きながら

無意味に接近してゆく

 

  

 

 初夏 

 

少年の頃

お話の木の絵を見た

 

広葉樹の木陰で

子供達が

眼を輝かせ

耳を傾けている

お婆さんのことば

森や草原を漂い

風に運ばれて

村や町や港や

海や諸国を巡り

世界を織りなす物語

リスに兎に山羊

猫とネズミと子犬

動物達も聞きに来ている

枝先で小鳥が囀り

葉叢の奥には妖精の影

蹄のある足だけ見えるのは

パンフルートを吹く者?

オトギバナシなんかじゃない

大人になってからも

今日みたいな初夏の風が吹いて来たら

耳を澄ませば聞くことができる

樹木の語るお話

 

 (って、そんなわけない?)

 

 「初夏」

 

JR駅に続く歩道には

ヤマモモの樹が並んでいる

葉叢の奥の暗がりに

何かいるような気がして

近寄って覗いても何もいない

代わりに沢山の青い実を見つけた

表面にぶつぶつがあった

 

郵便局からの帰り道

ケヤキの下を通り過ぎる時

笑い声が聴こえたような気がして

見上げてみても誰もいない

青空に向かって伸びる太い枝

斜めに垂れた細い枝の

葉っぱがぎざぎざしていた

 

モスバーガーに行く途中

初夏のイチョウの樹は

こんなに鮮やかな緑色だったのか

一枚一枚の葉っぱの陰に

緑を駆動する機械があって

小人が操作しているような気がする

振り向いたらさっと引っ込んだ

 

バスターミナルの横の

クスノキの葉叢が風に揺れている

宇宙が 街が 人々が 息づいている

てっぺんの梢から現われた

ジェット機雲を眼で追っていたら

木陰に佇んでいた懐かしい人を

見逃したような気がした

 


 (とまあ、

  うちの近所じゃこのくらいが関の山)

 

 少年の頃に見たお話の木の絵。

 描いた画家は誰だったのか、今となっては分からない。

初版から間もない頃にグリム童話の挿絵を描いた、ルード

ヴィヒ・リヒターかテオドール・ホーゼマンの、どちらか

の線画の作品を彩色したものだったのかも知れない。或い

はもっと後の、彼らの影響を受けた挿絵画家だったのか。

 グリム童話の挿絵は、素朴な味わいのある線画で、はじ

めはペン画かと思ったけど、たぶん木口木版か、銅版画の

ドライポイントだ。1970年代に本屋に並んでいた、角

川文庫版「グリム昔話集」全6巻に、彼らの挿絵が収録さ

れている。現在は「グリム童話」として3分冊で出ている

けど、昔のとは挿絵のセレクトが違うみたいだ。

 ああいう木版画や銅版画に魅かれる。コメニウスの「世

界図絵」とか。ルードヴィヒ・リヒターは、グリム童話

初版よりも少し先んじて刊行された、ブレンターノとアル

ニムの、「少年の魔法の角笛」の挿絵も描いている。ドイ

ツのわらべ歌を採録したものだ。

 そう言えばグスタフ・マーラーに、この「少年の魔法の

角笛」を題材にした作品があると聞いて、こないだHMV

でCDを買ったんだよ。わらべ歌なんだから、素朴で子供

らしい可憐な感じと言うか、少年っぽいと言うか、そんな

歌唱と演奏をイメージしてたんだけど、おっさんが大声で

歌っていたので、とってもずっこけてしまいました。(そ

れはテノールとかバリトンとかだろ)

 こういうの以前もあったんよ。セクエンツィアって言う

イギリスの古楽研究集団が、古代北欧歌謡「エッダ」を復

元・演奏してるのをCD店で見つけたので、すぐに買った

わけ。埴谷雄高の「死霊」にも出てきた巫女の予言、「太

陽は黒く、大地は海に沈み、煌く星は天から墜ちる……」

の黙示録的くだりはどんな風に歌ってるんだろう。ピンク

・フロイドの「虚空のスキャット」も裸足で逃げ出すよう

な、めちゃめちゃ巫女っぽい女声の歌唱に違いない。こい

つは凄いぞ、と期待しながら聴いてみたら、ああ、これこ

そ真の黙示録的聴覚体験、やっぱりおっさん達が仲良くお

らんでいたのでした。トホホ。巫女の予言だっていうのに

どうしておっさんなんだ? 引っ込めおっさん! 地獄へ

堕ちろおっさん!(アンタもおっさん)

 話が逸れてしまった。樹木の絵画表現なら、やっぱり二

人が属していたドイツロマン派や、世紀末の象徴主義や、

ラファエル前派がいいな。広葉樹の印象が強いけど、フリ

ードリヒは針葉樹や枯れ木ばっかり描いている。あとベッ

クリンの「死の島」の針葉樹。

 日本の画家についてはよく知らない。一人だけ、意外に

思われるかも知れないが、漫画家の白土三平は、角川文庫

版「グリム昔話集」の樹木の表現に、影響を受けている気

配がある。ドイツロマン派に。珍説かな?

(えー、政治的ロマン主義はドイツにおいても日本におい

ても後のファシズムを準備するところとなり……云々カン

ヌン)うるさいわ! そういうのアンタ適当に乗り超えと

いてくれ。

 さて、僕らはどうして樹木に憧れるんだろう。生命の横

溢感と、その姿から醸し出される宇宙性或いは世界性(世

界樹)と、葉叢の奥の夜の闇の深さ、といったところだろ

うか。どれも超越的なものだ。

 葉叢の奥の闇と出会うと、茂みの中で蛇に遭遇した時と

同様、胸がドッキドキワクワクしてくる。精神が高揚し、

生命力が賦活される。だけど、これにやられ過ぎると、魂

の破滅を招いて、終いには命を落とすことがある。まあ放

射線みたいなものかも知れない。

 今日みたいな爽やかな初夏の風が吹く真昼に、樹木から

夜の闇が、赤や緑や青や黄色の放射性物質が、虹色の言葉

が、風に乗って流れて来るんだよ。少年の魔法の角笛の音

と一緒にね。