詩集 CATFISH BLUES ( 未完)
CATFISH BLUES
(おいらが鯰だったらいいのにな
ディープ・ブルーの海を泳ぐんだ
いい女はみんな
おいらに釣り糸を垂れてくる
おいらに釣り糸を垂れてくる)
作者不詳のキャットフィッシュ・ブルース。しょ
うも無いことを歌っている。(鯰は淡水魚だし)
でも、そのしょうも無さが好きなんだ。
(おいらが生まれる前のこと
お袋が親父に言ったんだ
子供ができたよ たぶん男の子だよ
どうせサノバガンになるだろうさ
どうせサノバガンになるだろうさ
ローリング・ストーンになるだろうさ)
Son of a Gun ろくでなし、がんぼたれ? 奴隷
解放宣言後のディープ・サウス。お袋はミシシッ
ピ・デルタの小作畑で綿花摘み。飲んだくれの親
父に貰ったギターを抱え、おいらは貨物列車に飛
び乗った。行く先は川を隔てたルイジアナと、遥
かなテキサスのラ・グランジェあたりか。
(マイベイビーの家へ行って
裏口のステップに腰掛けていたら
カモンイン! ヤングマン
彼女がおいらを呼び入れたんだ
いま男達が帰ったばかりだよ
いま男達が帰ったばかりだよ)
彼女は一体何の稼業で生活してるんだ? 別のバ
ージョンは、「いま亭主が出掛けたばかりだよ」。
世話になったなマイベイビー。アラバマの砂糖き
び農園からジョージアの大草原へ、南カロライナ
の海辺の町へ。ディープ・ブルーの海が見えた時
のことを、いつかあんたに話してあげるよ。放浪
と、孤独と、優しい女となまずのぶるうす。
Rolling Stone 流浪の者
この曲の別名だ
あるイギリスの若者がそれを
結成したばかりのバンドの名前にした
1962年のことだ
別名はもう一つある
Deep Blue Sea Blues だ
7年後の1969年
その若者ブライアン・ジョーンズは
自宅のプールで死体となって発見された
深い青色の海に
魅入られたのだろうか
アバロン
ボディの色が気に入ったので
エレキギターが欲しくなった
メーカーの最上位機種
カラー名はアバロンとある
「AVALON」は
イギリスの何処かにある伝説の島
アーサー王の遺体の眠るところ
えらくカッコいいけど
何でそれがギターの色なんだ?
カタログの英語表記をよく見ると
「ABALONE」の読み間違い
英和辞典にはメキシコ貝と
それから アワビ?
ずっこけたけど
何故だかますます気に入った
貴婦人の色香が漂うボディライン
明るく枯れた青緑色に
虎の縞模様のような
濃い杢目が走るカラー・アバロン
こいつは暴れてくれそうだ
問題は飛び切り高価だってこと
新車が一台買えちゃうよ
やっぱりこいつは伝説の島
沖の岩礁で採れる
アワビでも食って諦めよう
THE WIND BEGAN TO HOWL
白いコーヒーカップが
モジモジしている様子なので
どこか痒いのかと思い
指先でひとしきり掻いてやった
すると紫色の煙が立ち昇り
ケータイの着信音みたいな
安っぽいファンファーレと共に
ジミヘン魔神が姿を現わした
願いごとを叶えてくれるらしい
だったらさえないファンファーレを
あのウッドストックで演奏した
『スター・スパングルド・バナー』に
変えてもらえないか頼んでみよう
すると前のテーブルの町内会長が
「ジミヘンなら『紫のけむり』だぞ」
それが当然のような口調で言う
隣りのテーブルのセールスマンは
「『ブードゥー・チャイルド』の方が
タイトルが魔術っぽくていいな」と言う
「そういうことなら『スパニッシュ・
キャッスル・マジック』もありますわ」
と言うのは奥のテーブルの人妻けえ子
「私は『リトル・ウィング』がいいわ。
フィギュア・スケートの音楽にも
こないだ使われてたじゃない?」
これはレジを打つウェイトレス
「『リトル・ウィング』のイントロは
おとなし過ぎると思うけどなあ」
パンを焼きながら疑問を呈する店長
「じゃあデレク&ドミノスがカバーした
『リトル・ウィング』のイントロなら、
けっこう華々しい感じだし、いいかも」
私が小倉パンをパクつきながら言うと
「ああ、エリック・クラプトンね!
ジミヘンよりずっとハンサムだわぁ……」
うっとり顔のウェイトレスとけえ子
この発言が決定的にまずかった
すっかりつむじを曲げたジミヘン魔神は
ケータイの着信音みたいな音と共に
瞬く間に消え失せてしまった
私がいくらコーヒーカップを掻いても
二度と現れることはなかった
こりゃあマズったわいと一同
ルックス関係はタブーだったのか
でもジミヘン格好いいけどなぁ
ライバル意識の問題ですわ
みんなで万感胸に迫っていたら
カップの中で風が吠え始めた
『ウォッチタワー』の最後の歌詞だ
The Wind Began To Howl !
(ギターソロでフェイドアウト)
※「 ウォッチタワー」=正しくは「 All Along The Watchtower」( ボブ・ディランの曲のカバー)
遥かなるギターバトル
風になびくしなやかなロン毛
枯れ木のような長身の体躯
痩せた頬 ニヒルな口元
あいつは武蔵野の小平市あたりの
砂塵の中から姿を現わすと
背にしていたソフトケースから
こちらは枝毛いっぱいのロン毛
いつ洗濯したっけストレートのジーンズ
眠たそうな眼 剃り残しの髭と細かな切り傷
ジミー・ペイジを真似てダラリ低く構える
(嗚呼、安価な国産コピーモデル〈グレコ!〉)
カタズを飲みながら
二人を遠巻きに見つめるグルーピー達
これより十数年後に映画『カリフォルニア』で
連続殺人犯を演じるブラッド・ピットが
ヒトの頭をカチ割りながら歌うことになる曲
レナード・スキナードの『フリーバード』で
ギターバトルが始まった
龍のように空を駆け
唸りを上げるストラトキャスター
ううこやつできる相当な手だれと見た
ならば俺も聴かせてやろう
冥府の底から鎌首をもたげ
尾骨から脊柱を上昇し脳天から体幹前面を下降し
全身の奇経八脈を二重螺旋を描きつつ高速回転すると
脱糞寸前まで臓腑をエグるレスポール・カスタム
(嗚呼、安価な国産コピーモデル〈神田商会!〉)
正直言って
テクニックでは敵わねえな
しかしノリと言うかなんちゅうかグルーヴ?
えーっと ドライヴ感では
俺は (ジョージよりは)自分の方を買う!
とジョン・レノン・インタビューの科白を借りて
負け惜しみを言っておく
だが未だ勝負はつかぬと見たか
あいつはマイクスタンドを引き寄せると
どうやらヴォーカルをやる構え
その仕草のカッコよさに
グルーピーの間からため息がこぼれる
ぬうヴォーカル……
まずいぞぉ
俺は以前ブルースを歌って
もの凄く悲惨な結果を招いたことがある
Everyday, Everyday I Have The Blues〜
シャウト気味の高音部になると
いわゆるニワトリを絞め殺したときの
鳴き声みたくなってしまう
「おんなこどもにROCKがわかるかぁ!」と
ちゃぶ台ひっくり返してビンタ喰らった
ロック家父長主義者(初期の頃のみ)の私とて
グルーピー達の視線は
まんざら気にならないわけではない
一週間再起不能の万年床で俺は悟った
ぼくはどうも
ウタは歌わない方がいいらしい
あいつがイントロを弾き始めた
Z・Z・TOPの『バリニーズ』か
わりあい歌い易い曲じゃねえか
しかしながら
あいつが歌い出した時
いったい何が起こったのだろう
俺もグルーピー達もバンドのメンバーも
すぐには眩暈がして気が付かなかった
こ、これは……
我々は悟った
なんと!
あいつのヴォーカルも
俺のそれに勝るとも劣らない
かなりヘロヘロな情けないものであったのだ
あいつ自身はそれに気づいてはおるまい
この事態をどう受け止めたらいいのか
当惑顔のグルーピー達
俺の口元に歪んだ笑みが浮かぶ
ふしゅるる……
どうやらおぬしも
ウタは歌わん方が世のため人のため
けどなんかあいつけっこういい奴じゃねえか
なかなかの好青年じゃないか!
ネックにプリントしてある Fender のロゴも
よく見りゃ国産 Fernandes じゃねえか
にわかに湧いてくる連帯意識
っとそんなんぜんぜん関係なし
速弾きじゃあポイント持って行かれたことだし
まあここは痛み分けってことにしようや
俺はヴォーカルをやるベーシストに合図すると
レナード・スキナードの曲のイントロを弾き始めた
『オン・ザ・ハント』だ
遠い昔
親父が俺に言ったもんだ
息子よ
お前は二つのことを知らにゃならん
ただ二つのことだ
ただ二つのことに誇りを持て
そいつは馬と
もう一つは女だ
どちらも乗りこなすのが難しい
そうでしょ?
Son & Sister !!
お次はZ・Z・TOPの
『ラ・グランジ』
周囲の迷惑をまったく省みることなく
ギターのアホ二人の大アドリブ大会は延々と続く
ジミヘンが最も期待できる若手ギタリストと評した
ビリー・ギボンズのギターは渋いのう
おぬしもそう思う?
国分寺の『百薬の長』でコップ酒を飲みながら
俺はあいつをバンドに誘った
いまさらツェッペリンというのもアレだし
キング・クリムゾンの『戦慄』や『レッド』みたいな
ハードプログレをやりたいのは山々だが
フリップ先生はちょっとばかしレベル高いし
ここは脳天気な
アメリカンくそハードロックを
おぬしと俺のツインリードでやりまくろうや
最近V・ヘイレンの名をよく聞くね
マホガニー・ラッシュはカナダだっけか?
オリジナルにも挑戦して
LP製作に取り掛かってるんだ
参加してくれよ
そういうわけで俺達は
コマンダー・コディ&
ヒズ・ロスト・プラネット・エアーメン
というのをお手本にしたバンド名を付けて
活動を開始した
LPが出来上がった頃
あいつはソフトケースを背に
田無方面の辻風と共に去って行った
…どうせ一つところに
落ち着くような奴じゃなかった
…時が経ち
俺の自己破壊的ロックは
俺の中のMUSICを破壊した
俺はギターをチューニングせずに
フリー・インプロヴィゼーションするようになり
それはそれで新世界が開けたが
ギターを置いて「行為」をやったりして
終いにはギターを弾くことを止めてしまった
ああせいせいした
うっとーしい表現のデエモンよさようなら
そのまんま俺は歳を取り
この前なんかチューニングのやり方を
完全に忘れてしまっていることに気が付いた
めでたしめでたし
めでたしめでたし
めでたし……
本当に
めでたしめでたしか?
街に出ればゴールデンウィークの人波
イオン駐車場の特設ステージから
ガールズバンドのライヴが聴こえて来る
それで、ギターの音はどうなんだ?
うん、ちょっとオリアンティばりでいいね
だけど俺にとってのギタリストは
龍のように空を駆け
唸りを上げるストラトキャスター
今もこの耳に聴こえて来る
遥かなるギターバトル
※「 ロック家父長主義」=ロック黎明期には多く見られたが、現在はほぼ絶滅。私の場合、QUEENの初来日公演時の女性ファンやグルーピー達のパワーの凄まじさに心底恐怖し、すぐに転向したw。